深閑と更け行くブナの森の中で、松之山の地のものをふんだんに使ったおいしい料理を楽しむ。食とは自然であり、文化であり、そしてその土地そのものである──。その原点をまさに体感できるのが松之山ダイニングin美人林だ。
毎年、七夕の頃行われるこのダイニングも今回で5回目の開催。とくに今回はサステナブル=持続可能性をテーマに掲げ、里山の自然と文化の持続可能性を体現した食を追求した。名付けて「松之山サステナブルダイニングin美人林2023」。7月8日と9日の2日間、17時30分から約3時間、美人林は松之山の自然と文化を味わう食体験の特別な空間になった。
ちなみに今回は、このテーマに賛同しフランスのシャンパーニュ「TELMONT(テルモン)」が特別協賛の元で行われた。同社のジュゼッペ氏は、「シャンパンが世界中で愛され消費が拡大する中で、テロワール=土地を活用する循環型でサステナブルな経営が求められています。松之山の豊かな自然環境の中での、土地のものを使った料理は、まさに私たちの考え方と通じるものがあります。食事と共に、ぜひ皆さんにTELMONTのシャンパンを味わっていただきたい」と語った。
メインシェフは北海道・ニセコに拠点を移した、ご存じ世界のTAKAZAWA高澤義明氏を筆頭に、西麻布「Ma Cuisine(マ・キュイジーヌ)」の池尻綾介シェフ、「Signifiant Signifiie(シニフィアン・シニフィエ)の志賀勝栄シェフ、新富町「Coulis(クーリ)」の折笠龍馬シェフ、そして地元松之山から「酒の宿玉城屋」の栗山昭シェフ、「ひなの宿ちとせ 松之山郷」の柳政道シェフの6人のシェフが腕を振るった。
高澤シェフは、「サステナブルとオーガニックを基本テーマとして、豊かな松之山の食材を生かした料理を目指しました。とくに松之山は冬の間は深い雪で覆われ、活動することができません。そのためこの地では昔から乾物を利用し、発酵食品などを食べる習慣がありました。そんな保存と醗酵の知恵と、雪解けから始まる命の再始動をテーマにしたメニューになっています」と語る。
メニューとその内容は以下の通り。
アミューズ(前菜)
アミューズとして出されたのは、シェフそれぞれのアイデアから。旬の食材である「トウモロコシとテルモンジュレ」を使ったフィンガーフード。新潟夏の定番「鯨汁」をイメージしたピンチョス。猪の肉とホーリーバジルをつかった「あんぼ(おやき)」風の包み焼。24時間温泉調理した「妻有ポーク豚足アイスピック」など。高澤シェフは生の鯉を醗酵させた「鯉の醗酵」にチャレンジ「昔からこの地では磨きニシンや棒鱈を使い、発酵させた料理がありましたが、生で醗酵させました。鯉は骨が多いのですが、醗酵によって柔らかくなって丸ごと食べられます」(高澤シェフ)
八海山伏流水「鮎のショーフロア」
池尻シェフによる、松之山の春の訪れをイメージした料理。シャンパーニュの酸味を利かせたクリームを雪に見立て、松之山名物の「しんこ餅」に包み込んだ下に鮎、フキノトウが忍ばされている。池尻シェフ曰く、「苦味」を楽しむ料理。鮎の頭は塩コショウして一晩寝かせ、さらにオイルの中で12時間寝かせ柔らかくしたものをカリっと揚げたもの。
大松山の熊しゃぶ
甘味さえ感じる脂がのった熊のしゃぶの上には熊のモツが入ったラビオリ。笹の葉、ミョウガ、クロモジの香り入りのコンソメスープで満たせば、まるで熊が冬眠から覚めてこれらを食べ、森の中で生活しているイメージと栗山シェフは説明する。
ザリガニ、タニシ、雑穀……
魚料理のメインは折笠シェフが担当。美人林近くの田んぼやたねんぼ(田に水を供給する池)に生息するアメリカザリガニやタニシを使った、まさに田んぼのテロワール。地元の根菜を使ったソースで深い味わいに。食べるときに半紙に火をつけて炙るので、味覚だけでなく、夜の森の中での幻想的な視覚と香りも楽しめる。
特にアメリカザリガニは特定外来生物の調査・研究対象として、まつのやま学園自然科学部が2週間にわたって300匹以上を捕獲してくれたわけだが、子供達だけならず、作り手のシェフも、食べ手のお客様も、生態系の持続性を考えるキッカケとなったはず。
松之山バーガー ハッピーセット?
肉料理のメインは高澤シェフが腕によりをかけたバーガーセット。見た目は某有名ファストフード店のパロディを感じてしまうが、「マ○○○○ド」ではなく、あくまでも「マツノヤマ」のMであるので悪しからず。そのハッピーセット、ここでは超自然のものを厳選し、細かく手を加えた逸品になった。猪と熊、ハクビシン、穴熊という地元に出没するジビエの肉をミンチにした。「この地域は山のお肉に恵まれた土地でもあります。それをもとに100%の山の肉のバーガーにしました。添えてあるシェイクは隣の津南町で採れたアスパラガス。またポテトも非常に細い千切りにしたものをより合わせてスティック状にしたもので、クリスピーな触感を楽しめるものとなっています」と高澤シェフは説明する。バンズはもちろん志賀シェフが担当した。
ぬか釜焚きの「松之山ビビンパ」「松之山ウコン鯉スープ」
バーガーに続いては、ひなの宿ちとせが担当した松之山らしいお米の料理。ぬか釜とはもみ殻を燃料にして炊飯する釜のこと。もみ殻は燃えた後、炭化して保温効果があるという。しかもその炭は残雪の田んぼの融雪剤になりそのまま肥料にもなる。まさに循環型の昔ながらの炊飯法といえる。ぬか釜で炊いた香ばしいご飯に、棚田の畦道に自生するワラビやフキ、ゼンマイなどの山菜を載せ、「塩の子」と呼ばれる神楽南蛮と塩、麴の発酵調味料を合わせ、さらには稲の天敵でもある稲子(イナゴ)の佃煮の香ばしい甘みが、ぬか釜ごはんと絶妙にマッチした。そして食欲を増進させるターメリック(松之山ウコン)の鯉スープ(鯉こく)が里山旅情を醸し出した。
山のおやつ入りプチケーキ
志賀シェフによる旬の地物フルーツと山菜入のデザート。濃厚なチーズケーキには越後姫のピュレ―が爽やかに包み込まれ、ダークなチョコレートケーキには山フキの砂糖菓子がアクセントとなった。お皿に添えられたのは、美人林近くに生まれ育った志賀さんが子供の頃、登下校の道草で食べた山の実(野イチゴ、岩梨、グミ、桑イチゴ)を添えたもの。
ほとんどの食材が越後妻有・松之山周辺で丁寧に育てられたもの。また、里山からの恵みのもの。他では絶対に食べられないオリジナルなメニューだ。
そんな食事を楽しみながら、テルモンの提供するシャンパーニュを楽しむ。参加者の誰もが、おいしい料理と格別なお酒、そして松之山の空気に気持ちよく酔っているようだ。各テーブルで、和やかで楽しげな会話が弾む。
テルモンの5種のキュヴェ
RÉSERVE BRUTレゼルヴ・ブリュット
SANS SOUFREサン・スフル
RÉSERVE ROSÉレゼルブ・ロゼ
BLANC DE BLANCS VINOTHÉQUE 2005ブラン・ド・ブラン ヴィノテーク2005
BLANC DE NOIRS 2014ブラン・ド・ノワール2014
すでに夜のとばりに包まれたブナの森は、時間と共にセミの音から鳥の音、そしてカエルの鳴き声と移り変わっていた──。
今回で3回目の参加になる池尻シェフは、「山の豊富なジビエだけでなく、山菜やハーブも種類がたくさんあります。松之山のような可能性のある土地で料理できるのはとても貴重な経験になります」と語った。
すでに5回ほど松之山で料理を作っている折笠シェフは、「今回は地元の小・中学生の協力で料理をしました。地域とのつながりの中で食があるということを認識しました。自然の中での料理体験が、東京での仕事に大いにプラスになっています」と顔をほころばせる。
すでに常連シェフの志賀氏は、パン作り体験を実施し好評を博した。「とろとろに練った高加水パン生地に、自分の好きな松之山の山菜を入れてもらい焼き上げます。地元ならではのパン作り体験が、皆さんに喜んでいただけたようで嬉しい」と話す。
両親が松之山の出身でこの地が自分のふるさとでもあると言う高澤シェフは、松之山ダイニングの意義を改めてこう語る。「私自身が、両親のふるさとである松之山に恩返しがしたいということで始めた企画です。今後も続けていきたいし、その中で多くのシェフに松之山という土地とそのポテンシャルの高さを知ってもらいたいですね。それがまた私を含め、自分の仕事の可能性を広げるきっかけになってもらえればと思います」
最後に、柳一成実行委員長は「雪解けから始まる源流地帯の松之山」というメインコンセプトをもとに、美しい雪国松之山の故郷を維持するための4つのテーマをシェフ達と共有し、メニューに反映したことを明かしてくれた。
1つ目は、森の共存共栄の為にジビエを活用することで、山奥と山里の境界を維持する事。2つ目は雪解けの恩恵を里から川へ、そして海へつなげる事 (雪の恩恵と源流地帯の責任)
3つ目は里山の動植物の多様性を活かし里山の生態系維持に貢献する事
4つ目に都市と山里の関係性を料理で構築し、生産者と料理人、そして御客人を繋ぐ事。
今回、4つそれぞれがメニューに織り込まれ、発信性のあるサステナブルダイニングになった事は地域にとっても大きな意味を持つことになると思います。ましてや協力してくれた地元の子供達には、しっかりと松之山で開催されているダイニングの素晴らしさと意義を伝えていきたいと語った。
その土地の自然と文化、生活が織りなされたところに本来の「食」がある。松之山サステナブル・ダイニングin美人林2023は、そんな食の原点と、未来への可能性を感じさせてくれるダイニングと言えるだろう。