大松山から見える雲海(Photo by Ichizen sato)
Photo by Ichizen Sato

温泉街を抜け、くねくねと曲がりくねった山道に沿って車を走らせること数分。松之山中心部にそびえる大松山の頂上に着いた。ここはこのあたりで一番の、雲海のビュースポット。雲海とは、大量の霧がまるで雲の海のように見える自然現象のこと。波打つ雲が、山も棚田も集落も全て吞み込む様子は、まさに絶景だ。

その大松山に、雲海が出ていれば毎日撮影に訪れるという写真家の佐藤一善さん。生まれも育ちも松之山という佐藤さんは、平成10年から写真を始め、わずか3年で写真展を開催するほどに上達。現在までに写真集を3冊刊行している。撮影対象はもっぱら、故郷である松之山の風土や暮らし。「他の場所を撮影する暇ないよ、自分の足下がまだまだ撮りきれてないもん」と語る佐藤さんの言葉には、写真家としての飽くなき探究心と、松之山への愛が溢れている。佐藤さんに聞いた、夏の雲海、松之山の四季の魅力、そして雪のこと。

写真家・佐藤一善さん

全てを覆う夏の雲海

「ここいいんだよ。お客さん、だあれも来ねえ。たまに知ってる方が来るけど。星峠、撮れなかったって。ほらあっこ、星峠が見えるじゃん。ああ、今日は星峠、雲の中へへえって撮れねえなって、ここで全部見てて。だって、全然なんにも見えなくなんだよ。ほら、あっこが水梨集落で、あっこが植木屋旅館。ほうで、その向こうの棚田も、雲海の中へ、みいんな埋まっちゃって。杉の木の頭がちょん、ちょんと見えるだけ。ほうで、もっとすごい時は、滝雲っていって、あの山の上から滝のごとく、だあ~って、霧が流れ落ちて。面白いよお。滝雲は。」

「冷え込んだ朝は雲海、絶対っていうほど出るでしょ。朝起きた時の寒さで、出るとか出ないとか、大体分かるじゃん。ああ、今日はこれだけ寒いから、上がれば出てるなって。夏の間、六月中旬から九月中旬までは、出てれば、まいんち上がってくる。面白いよ。なんで、この辺だけこうして雲海が出るのかって、いろいろな方に聞いたけども、全然わかんない。他にないんだもん。松之山、松代の特徴だえのう。」

尽きるのことない四季の魅力を追って

「九月中旬を過ぎると、だんだんだんだん、霧の高さが低くなる。それを沢霧って、おらは言うんだけど。そうなると、ここまで上がってこねえで、もう一段下んどこで沢を撮ると、また綺麗な風景が撮れる。違う顔が出てくる。」

「あとは、紅葉も綺麗。沢霧と紅葉に斜光が当たると、なんとも言えない雰囲気、出てくるすけ。ほうで、稲刈ったあとは秋掻き(※1)して水が溜まってたりするから、その写り込みとかも撮るわのう。山が高くて、下は沢でしょ。紅葉が夕日に照らされると、沢ん中の田んぼってのはもう、暗くなってるわけ。上だけ夕日が当たってるから、水が鏡になって写り込むわけだ。まあ、飽きねえっていうかなあ。」

「ほうして、紅葉が終わってくる頃になると、初雪が来るでしょ。ここは雨だって、野々海峠へ行けばもう雪が降ってるもん。ほうで、だんだんだんだん、一週間ごとに下へ下がってくる。この辺まで来たら、ちょこっとした棚田は、秋掻きして田んぼに水が溜まってて。畦だけが雪で縁取りしたような写真が撮れるでしょ。」

「真冬の、一月の十日頃から二月の十日頃の雪ってのは、もう、なんとも言えねえパウダーでの。その時期ってのはねえ、短いんだよ。ひと月しかねえもん。ほうで、歩くのも大変。だども綺麗での、行っただけあるよ。あまり人が騒がねえから、足跡がない。だからいいんだよ。」

「それを過ぎると、雪に、えくぼが出てくるろ。雪えくぼっていって、雪の下を水が流れりゃ、溶ける。ほうすっと、川のごとくなるとこがあったり、穴があくとこがあったり。そのえくぼを撮っても面白い。もう、きりないよ。」

冬の棚田(Photo by Ichizen Sato)
Photo by Ichizen Sato

絶景を求めていたら風土に詳しくなっていた

「真冬の、そのパウダー状の雪がブナやなんかにかかったんと、二月中旬過ぎた雪が、小枝にかかったんは、みいんな違うでしょ。何月に撮ったんか、一瞬見ればわかる。あとは、美人林のブナ撮ったがんと、大厳寺高原上がって撮ったんも違うよ。その地衣類見ただけで、どっちのブナだか、当てられるもん。」

「ほうで、春はまた、はちゃ、縁切間(※2)が空くべ。例えばブナ林なら、ブナの幹の周りの雪に、まあるく穴があいていくでしょ。なぜそうなるかって、春先、日が高くなると、幹の周りをあったかい風が回るからなん。そいで、丸いような形に穴があくわけ。」

「あとは棚田やなんかの斜面に上がってくると、雪と雪の縁が切れたどこへフウキントウが顔出すから、それを天ぷらにでもしていただいて。なんだかんだしてるうちに、今度はウドが顔出してくるし、木の芽も出てくるし。ほうしてるうち、田掻きも始まるしの。一年中、騒いで遊んでられるもん。」

雪は宝

「だども一番、水鏡の綺麗なんは秋。だって、他じゃねえじゃん、秋掻きは。だども、なぜ秋掻きしると思う。棚田ってのは、段差も激しいし、山の土を下に持ってきて盛ったもんで、どうしても下畦んとこに小さいヒビが入らん。そっから水が漏っちゃうすけ、それを秋掻きして、あとは、雪の重さで押えるわけだ。ほうすっと、春また水が溜まって、田植えしられるわけ。」

「あとは、こうして見たってほれ、田んぼは上で、集落は下でしょ。雪が湧き水になって、その湧き水を田んぼに落として、最後はみいんなそれを、飲み水に使ってたわけだ。だから、雪は宝もんだよ。雪がなけりゃこの辺に住んでらんねえんだで。湧き水はねえしさ。雪は宝だよ。」

※1 秋掻き(あきがき)
秋に代掻きをすること。代掻きとは、田んぼに水を張り、土を細かく砕いて混ぜ、表面を平らにする作業のこと。

※2 縁切間(えぎりま)
地続きになっていた雪が溶け、穴があいたり間が途切れたりする様子のこと。

 

語り手:佐藤一善さん
生まれも育ちも松之山。屋根葺職人や町役場での公務員など様々な職を経て、写真家に。故郷である松之山の自然や暮らしを、日々撮影し続けている。(社)日本写真協会会員。

写真家・佐藤一善さん

写真家・佐藤一善さん

写真家・佐藤一善さん