松之山ダイニング

美人林にとってこんな夜は、なかっただろう。オレンジ色のライトに照らされ、普段とは違った風情をみせている池の側のブナたち。その池の対岸には、2人~5人のグループに分かれた人々と、その夜、自分だちだけのために設けられたテーブルが10あまり。それらテーブルには料理が幾度も運ばれ、その度に林は、人々の感動のため息や楽しげな笑い声に包まれていた。

松之山ダイニング

松之山ダイニング

松之山ダイニング

2017年7月8日、美人林に設営された野外レストランで「松之山ダイニング in 美人林」が催された。レストラン「TAKAZAWA」の高澤義明シェフと、ブーランジェリー「Signifiant Signifie」の志賀勝栄シェフが、一夜限りのディナーを振る舞うイベント。広く県内外から訪れた人々の心を魅了した料理とは、一体どのようなものだったのだろう。それは、松之山ならではの食材や食文化と、繊細な感性と技術が見事に融合した美食だった。旬のものを中心に、ほとんど全て松之山で調達された食材。そして、松之山の人々が昔から大事にしてきた食文化。そこに、幼少期を松之山で過ごしたシェフお二人の、長年培われた感性と技術、そして郷愁とが合わさり、誰も見たことも聞いたこともなかったコースメニューが生み出された。高澤シェフの料理と志賀シェフのパンをペアリングするかたちで振る舞われた、このとき、ここでしか味わえなかった7品。それぞれに秘められたストーリーを見ていこう。

 

松之山アミューズ

松之山ダイニング|松之山アミューズ

・鯉こくのリエット
・鮎とワラビの磯部巻
・地茄子のラタトゥイユ
・杉の新芽の天ぷら
・野沢菜コンフィ
・松之山温泉卵&6年かんずり
・神楽南蛮のタコス
・醤油実でマリネした湯治豚

雪の重みで根元が曲がり、木材としては価値がなくなってしまった杉。それをカットして仕立てた器が、山で採ってきたヤマブドウの葉やグミの真っ赤な実で、自然いっぱいに飾り立てられている。まさに松之山を象徴したような一皿だ。器の上には、ひとくちサイズの前菜が並ぶ。鯉こくをペースト状に調理したリエット。信濃川の水で大きくなった鮎と、その支流である松之山の川辺で育ったワラビをひとつにまとめあげた磯部巻。地元で多く栽培されている定番の夏野菜、十全茄子を使ったラタトゥイユ。美人林のすぐ脇にある杉林で採れた杉の新芽の天ぷら。地元では昔から保存食として馴染みのある野沢菜の漬物を、オリーブオイルで煮詰めたコンフィ。松之山温泉の源泉で24時間茹でた湯治卵と、雪の上で6年間熟成させたかんずり。雪国の伝統野菜である神楽南蛮を使ったタコス。醤油のもろみに3日間ほど漬け込み、松之山温泉でじっくりと低温調理した湯治豚に、漬けたもろみを煮詰めて乗せたマリネ。色とりどりの里山の恵みたちを、ひとくちずつ贅沢に。

松之山ダイニング|パン

地元の米粉と、塩の代わりに松之山の温泉水をそのまま使ったパン。1200万年前の化石海水といわれる温泉水は50種類以上のミネラルが含まれており、それがパンの発酵に影響を与え、味がより甘く、深くなる。麹を少し加え、米粉の甘みをさらに引き出した。

 

新潟の郷土料理「のっぺ汁」のゼリー寄せ

松之山ダイニング|新潟の郷土料理「のっぺ汁」のゼリー寄せ

この、真っ白なお皿に映える鮮やかな彩りの一品を見て、これが新潟の郷土料理「のっぺ汁」から出来ているとは誰も思わないだろう。「のっぺ汁」とは、根菜や山菜がたっぷり入った温かい汁物のこと。新潟のお正月や冠婚葬祭に欠かせない、寒い季節には特に喜ばれる料理だ。それを、夏ということで爽やかに、冷製のテリーヌに仕立てた。まわりを彩るのは、いくらを使ったドレッシングとアケビの新芽。ドレッシングは、新潟の下越の田舎の方で、のっぺ汁にいくらを乗せて食べる習慣があることから着想を得ている。アケビの新芽は、雪深い地域でしか食べる習慣のない貴重な山菜。大胆な発想でアレンジされた一品だ。

松之山ダイニング|パン

パンは、小麦粉の一部をおかゆ状にして一晩寝かすことで、甘みと独特の柔らかさを出した。香りづけに、広島産のレモンをプラス。また、地元ではのっぺ汁に七味を入れて食べることが多いから、七味で辛味のアクセントをつけている。お酒が進む一品に。

 

新潟銘菓「笹団子」をTAKAZAWAタッチに

松之山ダイニング|新潟銘菓「笹団子」をTAKAZAWAタッチに

ザリガニ。子供の頃、釣って遊んだことがある人も少なくないだろう。実はフランスでは「エクルビス」と呼ばれ、高級な食材として扱われていることをご存知だろうか。美人林近くの田ねんぼに罠を仕掛け、一週間ほどかけてコツコツ集めたザリガニを、濃厚なソースに。それと合わせたニョッキは、ジャガイモと白玉粉に、松之山でもよく採れるよもぎを刻み入れ、新潟の銘菓「笹団子」風に仕上げた。

松之山ダイニング|パン

アメリカのテキサス州で古くから食べられていたようなコーンパン。エクルビスのソースにもよく絡むよう、ソフトに焼き上げた。

 

蛍の里 「光る田ねんぼ」 魯山人へのオマージュ

松之山ダイニング|蛍の里 「光る田ねんぼ」 魯山人へのオマージュ

夏の夜、田んぼの畦の周りを飛ぶたくさんの蛍。そんな里山の原風景を、ギュッと閉じ込めたような一品。器の底から闇夜の中では眩しいほどの緑色の光に照らされ、浮かび上がるのは、エスカルゴならぬ秘境の珍味「タニシ」。蛍の幼虫は水の綺麗な小川や田んぼに生息している。その蛍と住まいを同じくする、貴重な貝の一種だ。そこに同じく地元の川で採れた旬の夏野菜、クレソンとセリとをバターで絡めた。光る器がテーブルに運ばれる様子は、ふわふわと舞う蛍そのもののようだった。

松之山ダイニング|パン

松之山で採れたホーリーバジルを入れ、香りづけに。カットが細かいのは、パンの香ばしさとともにタニシの風味を味わうため。

 

お盆 山間地のご馳走 棒鱈とスペインの融合

松之山ダイニング|お盆 山間地のご馳走 棒鱈とスペインの融合

周りを山に囲まれ、冬は雪に閉ざされていた松之山では昔から、魚といえば塩蔵品と乾物だけ。その中でも、お盆と正月にしか食べることができなかった貴重な食材がこの棒だら。何ヶ月間にもわたり硬く干し上げられた棒だらを、ゆっくりと1週間かけて戻し、ニンニクとオリーブオイルとアサリの出汁を入れながらコツコツ煮込んだ。スペインでは塩鱈を使い、よく食べられている伝統的な料理のひとつだが、味付けに砂糖と醤油も入れ、新潟仕立てに。里山のご馳走、棒だらと、スペインの伝統が見事に融合した一品。

松之山ダイニング|パン

昔風の作り方をそのまま再現した、スペインの田舎風のパン。水を小麦の量より多く使うことで、中にはとても大きな穴があいている。和風の料理に合わせ、小麦は全部国産のものに。

 

松之山DINING 「ピクニック」

松之山ダイニング|松之山DINING 「ピクニック」

サンドイッチ仕立ての、パンとのコラボレーションがメインディッシュ。前日が七夕ということもありミョウガの葉を笹に見立てた。その上には松之山温泉で2時間低温調理した、地元「にいがた和牛」の肩三角。そして右手には、美人林の畑でおととい掘り起こしたばかりの新じゃがを、二日間かけて調理した至高のフライドポテトが並ぶ。凛としたブナに囲まれ、野鳥の鳴き声と風の音を聞きながらの「ピクニック」は神秘的だ。

松之山ダイニング|パン

小麦は全てオーガニック。その香しばさをさらに強めるため、炭火でかるく炙っている。赤ワインを練りこんだ生地に、くるみとアーモンドとピスタチオも。牛肉とともにナッツの風味も楽しめる。

 

米どころ新潟 お米とアンニンゴ豆腐

松之山ダイニング|米どころ新潟 お米とアンニンゴ豆腐

美人林のすぐ下に湧き出る「庚清水」で作ったかき氷に、山で採れたグミの実のソース。そして、かき氷の下には地元のコシヒカリで作ったパンナコッタ。イタリアではアマレットというリキュールで作るパンナコッタを、松之山で見つけた「アンニンゴ酒」を使った。杏仁のような芳醇な香りが特徴のウワミズザクラ。その花種で作られたお酒で、地元の春の味わいでもある。コース最後の締めくくりにふさわしい、100%地元産のデザートだ。

松之山ダイニング|パン

西暦1400年はじめイタリアのコモ湖畔で、糖分がかなり高くても発酵するパンの酵母が発見された。その名も「サッカロマイセス エクスギュース」。このパンはその種を借り、培養して作ったもの。他の酵母との圧倒的な違いは、焼きあがったパンのしっとり感。焼き上げてから一ヶ月くらいは美味しく食べることができる。トロピカルなフルーツを入れ、夏らしく仕上げた。コモ湖畔南のほとりに面するコモ市は、十日町市の姉妹都市でもある。40年以上にわたり交流を続けており、市民にとって馴染みのある都市だ。

 

松之山とシェフお二人のマリアージュ。今回は夏だったが、季節が違えば、その旬の食材と土地が醸し出す風情がまた別の美しさを生むはず。その日が待ち遠しい。

松之山ダイニング

松之山ダイニング

松之山ダイニング

松之山ダイニング

松之山ダイニング

松之山ダイニング

松之山ダイニング

松之山ダイニング

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TAKAZAWA
高澤 義明
1976年 東京生まれ。

2005年、株式会社トゥジュール ヴェールを設立。同年、赤坂にARONIA DE TAKAZAWAをオープン。2007年から世界的権威のスペインの国際料理学会「Lo mejor de la Gastronomia」に日本代表として毎年招待をうけ、その後メキシコの国際料理学会にも招待を受ける。函館料理学会では立ち上げから参加、多くの海外トップシェフと日本をつなぐ役割を担う。海外のメディアにたびたび取り上げられ、アメリカFOOD&WINE MAGAZINEでは「人生を変える世界のトップレストラン10」のひとつに選ばれる。2012年、店名をTAKAZAWAに変えリニューアル。2013年には、第一回サンペレグリノASIA TOP 50に名を連ねる。

「日本の良き風土・人・食材、伝統的な世界を再構築してモダンに供する」というテーマのもと、ジャンルの枠にとらわれない自由な発想でオリジナリティーを追求し、器から食材に至るまで、新しい形で、日本の文化に通じる料理を提供している。

父親が松之山浦田、母親が旧東頸城の大島の出身で、松之山の野山は幼少期の遊び場。現在も松之山温泉が大のお気に入りで、毎月源泉150リットルを自宅に運び入れている(!)ほど。

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Signifiant Signifie
志賀 勝栄
1955年 十日町市松之山生まれ

カフェ・アルトファゴス〜パティスリー・ペルティエ〜フォートナム・アンド・メイソンのシェフ・ブーランジェを経て、2006年10月に「シニフィアン シニフィエ」(東京・世田谷区下馬)をオープン。

低温・長時間発酵による粉の旨みを引き出すパンづくりと、素材や製法への自由なアプローチ、独自の表現で知られる。素材や材料は、産地まで赴き、生産者とのつながりを大切にした姿勢を貫き、「医食同源」、「体に美味しいパン」を体現している。

松之山の、しかも美人林のすぐ近くの集落で生まれ、高校卒業まで松之山で育った志賀シェフにとって遊び場所でもあった美人林。そこで開催する“松之山ダイニング”には、ひときわ特別な思い入れがある。松之山温泉の代表的な体験プログラム「温泉ぐるぐるバゲット作り」の監修もしている。

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早春の美人林

美人林

ZEKKEI JAPANのアワード~プロカメラマンが絶賛する、世界に伝えたい日本の絶景~に選ばれた美人林は、樹齢約90年のブナ林。昭和初期に一度伐採されて裸山になった後、再び一斉に伸びたブナの木々は、すらりと美しい立ち姿から、いつしか「美人林」と呼ばれるようになった。ホタルも飛来するほどのきれいな環境で、今回のツアーの中でも、ホタル観賞ツアーが用意されている。
美人林のストーリーは「年間10万人が訪れる美人林はなぜ生まれたか」で紹介していますのでご覧ください。