写真①

朝日を浴びて湯けむりを上げている、松之山温泉街にある鷹の湯2号泉。

傷ついた鷹が体を癒した松之山の湯

いまから700~800年も昔のこと。傷ついた一羽の鷹が毎日同じ場所に舞い降り、茂みで休んでいた。不審に思った一人の木こりが、谷間に下りてその場所を確かめた。するとそこには沸々と湧いている温泉があり、傷ついた鷹がそのお湯に体を浸して傷を癒していた──。
これが松之山温泉発見の最初といわれ、以来、「鷹の湯」あるいは「霊鷹の湯」と呼ばれるようになった。鷹が傷を癒すほどの薬効の高さが松之山温泉の特徴だ。1494(明応3)年に越後守護職となった上杉房能は、松之山温泉の効能に目を付けて何度も訪れた。娘にできた腫れものを治療するために松之山温泉を使ったというから、その効能には相当の信頼があったのだろう。実際、娘は腫れものが治り、はれて結婚することができたという。
江戸時代、天和検知帳(1683年)には、現在の温泉街に3つの湯小屋があったと記録されている。当時その効能は広く知られるところとなっており、相撲の番付の様に順番をつけた「諸国温泉鏡」にも、越後では筆頭温泉として前頭の上位に名を連ねている。
明治時代後期には飯山線が開通したこともあり、湯治客が県外から訪れ人気となった。それを証明するように、当時の番付である「大日本帝国著名温泉一覧表」を見ると前頭ではなく小結に昇格している(写真③)。
いまでは草津温泉、有馬温泉とともに、「日本三大薬湯」の1つとされ、全国の人々に認知されるようになった。

写真②

写真③

江戸時代、温泉入浴は庶民の間にも広がっていった。「諸国温泉鏡」は当時全国の人気の温泉を番付表のようにあらわしたもの。東の前頭の上段12番目に越後松之山温泉がある。その後、明治時代以降の番付表(左)を見ると草津温泉と有馬温泉に肩を並べる大きさで、小結に昇格している。

ジオプレッシャー型の化石海水温泉

松之山の温泉に浸かって最初に驚くのが、その独特の「匂い」だ。温泉の匂いと言うと硫黄臭をまず想像するのでは? ところがそれとはまったく違う。しいて表現するならば「石油のような匂い」だろうか。ただし不快なものではなく、不思議と気持ちが落ち着く深い匂いだ。
塩分濃度が高く、なめると塩辛い。海岸近くの温泉ならばまだしも、松之山は新潟県と長野県の県境に近い山間の温泉だ。それも不思議に思うが、とにかくお湯が濃厚で、浸かっていると温泉の温もりと滋養が、肌を通して浸透してくる感じ。体がすぐにホカホカと温まり、湯冷めしにくい。なるほどかつて鷹が傷を癒し、三大薬湯と称されるのも納得できる。
この特徴ある温泉の秘密は、その成り立ちにある。結論から言うと松之山温泉は「ジオプレッシャー型温泉」であり、「化石海水温泉」だと言われる。
新潟大学災害・復興研究所の渡部直喜准教授は、「ジオプレッシャー型とは海底に砂や泥が堆積する際、上下を泥岩など、水を通しにくい非浸透性の地層(=キャップロック)が覆い、これに挟まれた砂や火山灰の地層に海水が閉じ込められてできた熱水系を言います。古い時代に閉じ込められた海水を『化石海水』と呼び、内部に高い圧力がかかっているのが特徴です」と話す。
温泉と聞くと火山活動など、地下のマグマによって地下水が温められたものをイメージしがち。もちろん、そのような成り立ちの「火山性温泉」もあるが、マグマの熱によらない「非火山性温泉」の温泉もある。ちなみに新潟県では火山性温泉は妙高・赤倉温泉、焼山・笹倉温泉などで、その他の多くは非火山性温泉だ。
「通常、地温は地下100メートル深くなるごとに3℃から4℃上昇します。その熱によって温められ、湧出する温泉が非火山温泉で、松之山温泉のようなジオプレッシャー型もその一つです」(渡部准教授)
単純計算で1000メートル掘ると30℃から40℃地温が上昇することになる。理論上は地下に帯水層があれば1000メートル掘れば、温泉に突き当たるということになる。ちなみにジオプレッシャー型は地下2000メートルから7000メートルの範囲に分布するそうだ。それだけ温度も圧力も高くなる。
「キャップロックの内部では高圧であるとともに、海水だけでなくメタンガスや石油などを伴っているのも特徴です。それらは軽い方が上に重いものが下に配置されるので、上からガス、石油、海水の層に分かれています」(渡部准教授)
油田やガス田の採掘の際に温泉が発見されることがあるのもこのためだ。渡部准教授の解説をもとに、簡単にジオプレッシャー型温泉の特徴をまとめると以下のようになる。

  • もともとは深い海の堆積盆地で、地層中に閉じ込められた海水を起源とする。
  • 地下2キロメートルから7キロメートルの深さに分布する。
  • 非浸透性の地層に閉じ込められているので、通常の水圧を大きく上回る高圧になっている。
  • 熱水の起源は化石海水であり、大量のメタンガスを伴う。
  • 熱源は地殻内部の熱伝導であり、非火山性。熱水の温度は50℃から150℃。

2007年に掘削した鷹の湯3号泉は不動滝の奥、山間の谷に作られている。周囲はかつて海底で堆積した砂や火山灰、泥からなる層が隆起して現在のような山岳地帯になった。

高圧で一気に噴き上げるので地下水と混じらない

以上のような特徴を持つジオプレッシャー型温泉だが、松之山温泉はその中でも独特だと渡部さん。
調査によると松之山温泉は深度約3000メートルの地下にあり、温度は約140℃と推定される。ところが実際はかなり浅いところから温泉が出る。通常は深く掘らなければならない山頂近くや山腹からも出ている。
松之山温泉が共同管理する鷹の湯1号泉はわずか地下170メートルの掘削で泉温83℃、2号泉は264メートルの掘削で泉温は95℃に達している。また2007年に掘削された3号泉は深度1300メートルと他に比べると深いが、泉温97-98℃、毎分600リットルの湧出量を誇っている。しかも、いずれも自噴しているのが特徴だ。
「かなりの高圧が地下の帯水層に掛かっていて、それが地層の断裂に沿って一気に上昇する。高圧で、かつ短時間で上昇するので、冷たい地下水などと混ざることがありません。だから温度も大きくは下がらず、成分濃度も一定のまま自噴しているのです」(渡部准教授)
ちなみにこの3号泉はその高い温度と豊富な湯量を利用して、バイナリー発電を行う計画が進んでいる。「ひなの宿ちとせ」の主人の柳一成氏に3号泉のところまで案内してもらった。松之山温泉街を奥に進み、薬師堂と不動滝をさらに進み丘を越える。湯本川流れる谷の周辺には棚田が広がる。そのさらに奥に、真っ白な煙を上げている3号泉が見える。
近くに行くと噴き上げる温泉の音が響き、かすかだがその熱が伝わってくる。大地のエネルギーが、まさにここから噴き出している感じだ。ジオプレッシャー型の温泉は松之山以外にもいくつかあるが、97℃で自噴する温泉は珍しい。
「バイナリー発電によって得た電力を売電する予定です。地域の利益につなげることも目的ですが、エネルギー問題、環境問題に対する温泉の可能性を、多くの人に知ってもらうきっかけにしたい」と柳氏。「順調にいけばこの秋には施設が完成し、発電できる予定です」と話す。

3号泉はその豊富な湯量(1分間に600リットル)と、97-98℃の高温を利用し、この秋からバイナリー発電を計画している。もくもくと湧き上がる湯煙は大地のエネルギーそのものだ。

堆積した地層が褶曲して隆起し、独特の温泉が誕生した

ここで松之山の地形の話に触れよう。独特の地形も松之山温泉の誕生に一役買っている。この地域の地層はかつて海底で堆積した地層が地殻変動で褶曲をし、山の形に折れ曲がっている。松之山はその褶曲によってドーム型に盛り上がった地形からなっている。だから山腹でも比較的浅い掘削で湯脈に当たることができる。
さらに地層がドーム状に盛り上がることで、キャップロックに上下を閉じ込められた帯水層の中では、軽いメタンガスや石油、水はドームのてっぺんに集まり、貯留されることになる(図1)。
もともとこの地域では石油や天然ガスが出ていた。松之山温泉の独特のあの石油臭もこの成り立ちから来ていると考えられる。
改めて、松之山温泉の特徴をまとめてみよう。

  • ジオプレッシャー型でかなりの高圧である。
  • 地下3000メートルから高圧のまま、断層を通じて一気に上昇しているので、比較的浅いところからでも温泉が出る。
  • 地層が褶曲によって盛り上がっているので山腹や山頂からでも浅い深度で温泉が出る。
  • 高圧の温泉であるため冷たい地下水と混合しないので、温度が高く、温泉成分も薄まらずに塩分濃度はほぼ一定である。
  • 起源は地層に貯留した化石海水である。

図1

褶曲によってドーム状になった地層に、キャップロックによって閉じ込められた化石海水が温泉となる。高い圧力がかかっていて、断層を通して一気にお湯が上昇するので山腹でも比較的浅い掘削でお湯が出る。ドーム状の上の部分に軽い方からガス、石油、海水の順で分離し溜まっていく。深度が深く温度と圧力が高くなると石油は分離してガスとなり、ガスと海水の二層になる。

日本列島の成り立ち、フォッサマグナと深い関係が

じつは松之山温泉の最大の特徴にまだ触れていない。それは松之山の化石海水の起源がおよそ800~1200万年という太古の時代の海水だということだ。なぜそんな昔の海水か? それは日本海と日本列島の成り立ちにまで遡らなければならない。
太古の昔、日本列島は現在の中国やロシアのあるユーラシア大陸の一部であった。いまから約2000万年前、大陸の縁辺部から一部が分離を始める。
大陸の隙間にできた狭くて浅い日本海は、活発な海底火山活動を繰り返しながら、1500万年前には広く深い日本海になっていく。同時に日本列島も次第にその形を整えていく。ただし、当時はまだ日本列島の中央は深い溝の様になっていた。
これがいわゆるフォッサマグナと呼ばれるもので、西は糸魚川─静岡を結ぶラインと東は村上─六日町盆地─銚子を結ぶラインに挟まれた大きな溝であり、もともと海であったとされている。
つまり新潟県全体がすっぽりとフォッサマグナ地帯であり、日本列島の他の地域に比べ、比較的最近までは海だったのだ。約200万年前にフォッサマグナは隆起をはじめ、現在はこの地域が逆に日本の最も高い山々が連なる場所となっている。
いずれにしても新潟県も松之山地区も長いこと海の底であり、それだけたくさんの堆積物が降り積もった。現在の松之山温泉の海水は、その悠久の時間の中、800~1200万年前に地層に閉じ込められたものだ。そして隆起する200万年前までの長い時間、その上にさらに多くの堆積物が覆うことで、高い圧力がかけられることになった。
松之山温泉はまさにダイナミックな日本列島の成り立ちとそのエネルギーを、タイムカプセルの様に閉じ込めてできたものと言えるだろう。人類誕生のはるか前の自然が、1200万年という時間の中で熟成され、噴き出している。
しかもその化石海水は冷たい地下水などと交じり合うことなく、熱いエネルギーを蓄えたまま自噴しているのだ。独特の深い匂いと、濃厚な肌触り──私たちは松之山温泉を通じて太古の自然とまさに肌で触れ合うことができる。それは悠久の自然と時間が生み出した「恵み」であり、最高の贅沢と言えるだろう。
気になるのは、閉じ込められた化石海水であれば、湧出が続けばいずれは枯渇するのではないかということだ。確かに地下水などが混じらないので、いずれは枯れる。それは地球の歴史ではすぐのことかもしれない。しかし数万年後あるいは数十万年後、私たち人間の時間のスケールでは、ずっと先の話のようだ。とりあえず安心しても大丈夫のようだが、限りあるものと考えれば、ありがたさはさらに増すというもの。
次回は松之山温泉の成分を詳しく分析し、その素晴らしい効能を明らかにしていきたい。

悠久の自然の恵みそのものである松之山温泉。閉じ込められた海水はいつかは枯れてしまう。たとえそれが数万年先だといっても、有限であるがゆえに貴重で有り難い温泉だ。