冬になると松之山には3mを越える雪が積もる。雪に閉ざされた生活ゆえに、この地で暮らす先人は食材を保存する工夫を凝らしてきた。そうした積み重ねが、この地域独特の食文化としていまも受け継がれている。今回、TAKAZAWAの高澤シェフとSignifiant Signifieの志賀シェフが挑戦するのは、松之山の自然をお皿に投影し、ここにしかない冬の醍醐味を楽しむ美食の饗宴だ。
参加者はまず特設のかまくらバーへと誘われる。この日のために特別に用意されたかまくらではアペリティフが振る舞われ、今宵のダイニングへの期待感が高まる。
窓の外に光に照らされた雪の棚田が浮かび上がる幻想的な雰囲気の中、「松之山ダイニング冬 豪雪ジビエ」が催された。
松之山の冬への思い
松之山ダイニングは、これまでに二回催されたがいずれも夏であり、豪雪の冬に行うのは初めての挑戦だ。松之山の野山が幼少期の遊び場だったという高澤シェフに、その理由を聞いてみた。
「真冬に屋外を使ったディナーイベントは、実は今までやったことがなかったんですね。それでやっぱり幼い頃からこの土地にきていて、冬の魅力をいろんな方に伝えたいなと。昔から思っていたことで、やっと時が満ちてやるチャンスをもらえて。あらためて冬の食材を掘り下げたときに、豪雪の土地だからこその魅力があるんじゃないかなということを気づかされたので、じゃあやろう、ということになりました。」
松之山で生まれ育った志賀シェフは、お客様にぜひ冬の風景も見てほしいとの思いもあったという。「今日は1メートルくらいしか道路脇の雪がありませんでしたけど、厳冬期は天井の高さくらいまで雪の壁があるんですね。冬は本当に空が狭くて鉛色で、三月くらいになってやっとちょっと晴れ間が出てっていうような、そういう風景をみんなに見て欲しいなと。」
とはいえ雪に閉ざされる冬。食材の調達に苦労はなかったのだろうか。「今回はこの土地で昔から行なわれていた「野兎狩り」をメインのテーマに置いたわけですが、その他にも冬に出すお皿に、冬じゃない時期に採れた食材が使えるというのも魅力だと思ったんです。干したものとか、発酵したものとか、異なる季節のタイムスリップみたいなことができるんじゃないかなと。例えば乾燥した山菜を使ったり、秋に採れたキノコや山のくるみを使ったり、雪解けの沢から早々と顔出したふきのとうのであるとか、色々な季節のものがお皿に投影されることで、風土の豊かさを感じてもらえるようにしたいっていうのがありましたね。」と高澤シェフ。
こうして松之山にゆかりある二人のシェフの強い思いで実現した冬のダイニング。高澤シェフの料理と志賀シェフのバゲットが調和した料理をみていこう。
「雪下野菜」温かい&冷たい〜日本鹿と鷹の爪のコンソメ〜人参パンを添えて
最初の一皿は、温かい料理と冷たい料理の饗宴。
温かい料理の方は、人参、大根、じゃがいもを薄く巻いたものに、天然のちょっと苦味のある百合根を添えて。そこに野生のシカからとったコクのあるコンソメをそそいでいただく。
冷たい料理は、氷のお皿の上に雪下野菜と春を感じさせるふきのとう。しょうゆの実とマヨネーズを合わせたソースでいただく。そこに合わせるバゲットは、人参のジュースと細切りが入った人参パン。よもぎを使って葉の部分を表現している。
おやきをイメージして〜春を待つ地野菜たち〜ピタパンを添えて
花の咲いた冬(とう)菜、タラの芽、干しずいき、干しぜんまい、葉ワサビ、ほうれん草など12種類の野菜を一皿に。
ピタパンの中に、熟成のかんずりバターや熟成人参のピューレをぬって、野菜を詰めてピタパンサンドにしていただく。それぞれは味も見た目も個性的な野菜にもかかわらず、いろいろな種類をまぜこぜに入れても、味が調和しておいしくなってしまう不思議な一品。
「粕汁」淡雪仕立て〜八海山で育った美雪マス〜ふんわり食パンを添えて
この地域で冬場によく食べる粕汁をベースに創作。美雪マスとともに入るのは、野沢菜、干した大根、干した人参。そこに雪のようにふんわりとした酒粕のソースがかかる。伝統的な家庭料理がバージョンアップして生まれ変わる。添えられたのは、メープルを入れたほんのり甘い食パン。粕汁も、マスも、食パンもすべてがふわふわな一品に仕上がった。
「ブナ林」で見つけた猪〜田舎風パテと晩秋の素材〜ブナの実のライ麦パンを添えて
ガラスの器に盛り付けられたのは、山のくるみと干し柿が入った猪のパテ。猪の濃厚なコクと干し柿の甘みが調和している。そして、うっすらと雪化粧された晩秋のブナ林に見立てたきのこなどが添えられた。
そこに合わせるのは、伝統的なドイツのライ麦パン。酸味がちゃんとあるパンが肉料理に合う。このライ麦パンには松之山郷のブナの実が入っているが、ブナは種の保存のために6~7年ぶりにしか種を落とさないので、とても貴重なものである。それにとても小さいもので処理するだけで18時間くらいかかったという。松之山で栽培されるホーリーバジルも入って爽やかな風味。
「雪うさぎ」をかぶって〜ゆっくり赤ワインで煮込んだ野兎〜パン・オ・ヴァンを添えて
メインの一品は、たっぷり赤ワインを使って煮込んだ野兎。意外にも野兎はジビエの王様と呼ばれているのだそう。「見た目とは裏腹に非常に癖のあるお肉でもあり、山を飛び回っているので非常に筋肉質なお肉で、基本的に煮込みにするのが王道です。」と高澤シェフ。
ソースが熱いうちに、綿あめで作った雪兎をちぎってのせると雪のように消えていく。あえて酸味が強めのソースにして、雪ウサギが溶けてわたあめが絡まったぐらいでちょうどよい味わいになるようにしている。そこに、赤ワインで生地をこねたパン・オ・ヴァンを合わせる。
「松之山」パネトーネ〜温泉香るホイップクリームと山里ソース〜
デザートは、志賀シェフの定番でもあるパネトーネ。松之山の素材として黒大豆と山にあるのらごあずき、干し芋が入る。高澤シェフのよもぎのソースと、岩塩がかかったホイップクリームをつけていただく。
松之山の暮らしや風土とともに
松之山ダイニング。それは二人のシェフが松之山の暮らしや風土に向き合うことで生まれる美食の饗宴。私たちの五感を魅了するだけでなく、この地域の豊かさに気づかせてくれる貴重な機会でもある。回を重ねるごとに二人のフィット感も高まっていると志賀シェフは言う。「今回3回目なので、お互いのいいところをわかっていて、きっとストライクゾーンにはめてきてくれるっていう。高澤さんとは本当すごくやりやすいですね」。
次の松之山ダイニングは、2019年7月6日と7日に開催される予定。今度はどんな高みを私たちに魅せてくれるだろう。
TAKAZAWA
高澤 義明
1976年 東京生まれ
2005年、株式会社トゥジュール ヴェールを設立。同年、赤坂にARONIA DE TAKAZAWAをオープン。2007年から世界的権威のスペインの国際料理学会「Lo mejor de la Gastronomia」に日本代表として毎年招待をうけ、その後メキシコの国際料理学会にも招待を受ける。函館料理学会では立ち上げから参加、多くの海外トップシェフと日本をつなぐ役割を担う。海外のメディアにたびたび取り上げられ、アメリカFOOD&WINE MAGAZINEでは「人生を変える世界のトップレストラン10」のひとつに選ばれる。2012年、店名をTAKAZAWAに変えリニューアル。2013年には、第一回サンペレグリノASIA TOP 50に名を連ねる。
「日本の良き風土・人・食材、伝統的な世界を再構築してモダンに供する」というテーマのもと、ジャンルの枠にとらわれない自由な発想でオリジナリティーを追求し、器から食材に至るまで、新しい形で、日本の文化に通じる料理を提供している。
父親が松之山浦田、母親が旧東頸城の大島の出身で、松之山の野山は幼少期の遊び場。現在も松之山温泉が大のお気に入りで、毎月源泉150リットルを自宅に運び入れている(!)ほど。
Signifiant Signifie
志賀 勝栄
1955年 十日町市松之山生まれ
カフェ・アルトファゴス〜パティスリー・ペルティエ〜フォートナム・アンド・メイソンのシェフ・ブーランジェを経て、2006年10月に「シニフィアン シニフィエ」(東京・世田谷区下馬)をオープン。
低温・長時間発酵による粉の旨みを引き出すパンづくりと、素材や製法への自由なアプローチ、独自の表現で知られる。素材や材料は、産地まで赴き、生産者とのつながりを大切にした姿勢を貫き、「医食同源」、「体に美味しいパン」を体現している。
松之山の、しかも美人林のすぐ近くの集落で生まれ、高校卒業まで松之山で育った志賀シェフにとって遊び場所でもあった美人林。そこで開催する“松之山ダイニング”には、ひときわ特別な思い入れがある。松之山温泉の代表的な体験プログラム「温泉ぐるぐるバゲット作り」の監修もしている。