梅雨の合間の晴れに恵まれたこの日、松之山サスティナブル・ダイニングin美人林2024が行われた。森閑としたブナの林に囲まれて、この地のさまざまな恵みを堪能した。

今回で6回目を迎える松之山ダイニングin美人林。サスティナブル(持続可能性)を前面に打ち出し、里山の魅力と価値を存分に味わうことができるディナーが7月6日、7日の両日にわたって開催された。深閑としたブナの森の中で、一流シェフたちによる料理とお酒を楽しむ。今回も前年に続きフランス・シャンパーニュ「TELMONT」(テルモン)が協賛し、オーガニックとサキューラをさらに実現させた。

ブナの森に一流シェフたちが集結し、料理の腕を振るう

梅雨いまだ明けぬ中で行われた松之山ダイニングin美人林2024。2日目は前日の雨が嘘のように晴れ上がった。深閑としたブナ林に足を踏み入れると、中は思いのほか涼しい。午後3時過ぎにはすでにスタッフたちが美人林に集まり、ダイニングの準備を開始した。

今年はシェフが総勢7名。これまでで最多の布陣を誇る。北海道ニセコのレストラン「TAKAZAWA」で腕を振るい、世界のTAKAZAWAとして有名な高澤義明氏を中心に、東京・西麻布「Ma Cuisine(マ・キュイジーヌ)」の池尻綾介シェフ、世田谷「Signifiant Signifiie(シニフィアン・シニフィエ)の志賀勝栄シェフ、南青山「慈華」の田村亮介シェフ、同じく南青山「乃木坂しん」の石田伸二シェフ、松之山「酒の宿玉城屋」の栗山昭シェフ、「ひなの宿ちとせ」の柳政道シェフが腕を振るった。

特設の厨房を中心に、それぞれのシェフやスタッフが準備に忙しい。この準備がダイニングを大過なく成功させるかどうかを左右する。お客さんこそまだ入っていないが、すでに現場は本気モードに包まれていた。

「自然豊かな松之山の地のものをふんだんに取り入れ、自然の中で食事を楽しむというテーマは今年も同じです。今年はその中で特に地元の野菜にフォーカスし、また初めて和食の石田伸二シェフも加わりました。やはりこの地のものは本来和食に合う食材です。素直に里山の食を味わえるのが今回の松之山ダイニングの特徴だと思います」と高澤シェフ。

両親が松之山出身で自身も松之山を故郷として愛する世界のTAKAZAWAこと高澤義明シェフ。今年のダイニングの特徴とこだわりを話す。

地のものをふんだんに取り入れた料理が登場!

挨拶が終わるとさっそく各シェフ合作によるアミューズ(前菜)「里山へようこそ」の登場だ。
「一口へぎそば」「夏野菜のタルト」「棒鱈のブランダード」「野沢菜あんぼ」「熊肉の胡麻団子」「どじょうの柳川揚げ」「乳酸菌・麴焼き付けタンドリーニシン」の7品。

「里山へようこそ」のタイトルがつけられたアミューズ。地の野菜や肉を使い、各シェフが力を出し合い、創意工夫を凝らした。

さっそく今回「どじょうの柳川揚げ」を担当した石田シェフの話を聞いた。「自分自身、どじょうはあまり食べたことがなく、料理もしたこともありませんでした。ただ、から揚げがおいしいのではと考えました。どじょう料理というと柳川鍋ですが、ゴボウがつきもの。そこで今回はゴボウと一緒にかき揚げにしました」

中華の田村シェフのアミューズは地元の熊の肉を使った胡麻団子。「中国の伝統的なデザートである胡麻団子ですが、熊の首の肉を柔らかくチャーシューのようにした餡を使った一口サイズのものにしました」

栗山シェフが作ったアミューズはズッキーニとモロヘイヤを刻んだものにプチトマトをあしらった夏野菜のタルト。そのほかいずれも地のものをふんだんに取り入れられた、まさに里山へようこそのアミューズとなっていた。

次に登場したのが高澤シェフが腕を振るった「冷た~い『夏野菜のガスパッチョ』だ。連日猛暑が続く中、まずは冷たいものが食べたいはず。「そこでかき氷を考えました。ただし甘いデザートではなく、野菜と昆布のだしを使った氷で野菜を凍らせたガスパッチョ風を作りました」
本来は温かい料理を冷たく、甘い料理を塩味というように、常識を破る料理を心掛けているという高澤シェフならではの一品だ。

常識や先入観を破るのも料理のだいご味。高澤シェフの「夏野菜のガスパッチョ」は清涼感あふれるかき氷風のガスパッチョだ。

今回初参加の石田シェフの和食のメインメニューは「鮎料理」

3品目が「『雪解け天然鮎』炭火焼き」。石田シェフのメイン料理でストレートな鮎の塩焼き料理だ。「結局、誰に聞いてもアユ料理で一番おいしいのは『塩焼き』」だと。ただ、野外ダイニングなのでいつもの炭焼き台がない。ならば車で現場まで持っていこうと考えました」。

ブナ林の中に炭焼き台が据えられ、串に刺された鮎を丁寧に焼いていく。しっかり骨まで火を通し、同時に焼きすぎて固くならないように、ちょうどよい焼き加減が腕の見せ所。素材の味を存分に味わう塩焼き料理は、美人林の中でのサスティナブルなディナーを、まさに体現するものだといえるだろう。

鮎に串を刺す石田シェフの手さばきに他のシェフも思わず目を向ける。

絶妙な炭火の火加減で焼かれた鮎の塩焼き。季節の折には石田シェフが自分の店で必ず出すという定番料理でもある。

「『山のブイヤベース』…ザリガニ、タニシ、イワナ」は栗山シェフのメイン料理。カワカマスにザリガニのソースをかけるフランスの伝統的な料理を模した。川魚であるイワナとザリガニ、タニシという地元で獲れる食材をベースにした山のブイヤベースだ。
「ザリガニやタニシは、地元の小中学生に協力してもらい揃えることができました。とてもありがたく、地元の人たちの力を強く感じながら食べて頂ければと思います」と栗山シェフは強調した。

ザリガニ、タニシ、イワナというまさにこのエリアでとれる食材をふんだんに使った山のブイヤベースだ。

途中、協賛のフランス・シャンパーニュ「TELMONT」(テルモン)の担当者が挨拶。サスティナブルで地のものを生かした料理にぜひシャンパンを楽しんでほしいと話した。

ブナ林の宵闇に映える「TELMONT」(テルモン)のシャンパン

各テーブルからひときわ歓声が聞こえた。見れば大きな木の板に1匹丸々揚げられた大きな鯉の料理が運ばれている。その大胆な料理を前に、お客さんたちが立ち上がり写真撮影をしたりしている。
中華の田村シェフのメイン料理「『鯉の花切り揚げ』鯉の白湯ソース 発酵山菜と桑の実」の登場だ。「地元の淡水魚である鯉をメインにしました。鯉の実は淡白でおいしいのですが、小骨がたくさんあります。食べやすくするために身に細かく切れ目を入れ、それを1匹丸ごと揚げることで身が花が咲いたように広がります。視覚的にも楽しんでもらえる料理にしました」と田村シェフ。

ソースも凝っていて、鯉のあらを焼いたものを煮詰めて作った白湯ソースをベースに、地元のフキとワラビを乳酸発酵させたものと桑の実、山椒を加えた甘酢ソースを作った。まさにオール地のものの結集だ。

花が咲いたように実が広がり、大胆かつ美しい「鯉の花切り揚げ」。

鯉のあらの白湯ソースにフキとワラビを乳酸発酵させて加えた甘酢ソースで食べる。

地元の温泉を利用した湯治豚のカスレが登場!

次はいよいよ肉のメイン料理。池尻シェフの「『松之山カスレ』湯治豚と打ち豆のトマト煮込み」が各テーブルに運ばれた。「今回3回目の参加でこれまでは魚料理だったのですが、今回は肉料理に挑戦しました。フランスにインゲン豆と豚肉をトマトで煮込んだカスレという料理があります。それを模して、地元の美味しい肉である「妻有ポーク」と、この地域でよく食べられるという、大豆をつぶした「打ち豆」を使って、カスレ風にトマトで煮込みました」

その調理法は手が込んでいる。「妻有ポーク」は地元松之山の温泉でゆっくりと過熱した「湯治豚」。それを塩漬けしたものを真空パックし、その後麹をかけて松之山の野菜と一緒にトマトのスープで煮込んだ。まさに松之山の土地のエネルギーと栄養、そして旨味をすべて凝縮したメニューだと言えるだろう。

フランス料理のカスレを模して、湯治豚と打ち豆をトマトで煮込んだ。深い味わいは松之山の幸のすべてが凝縮している。

大詰めで石田シェフ再び大活躍のおにぎりとデザート

いよいよ料理も大詰め。「ひなの宿ちとせ」の主人で松之山ダイニングを主催する柳一成さんが「ご飯が炊きあがりました。米のもみ殻で炊いた松之山産の棚田コシヒカリです」と告げた。「これから釜の蓋を開けて、そのご飯をおにぎりにします。撮影されたい方は前にどうぞ」。

その言葉とともに各テーブルから一斉にお客さんが中央の釜の前に集まった。一成さんの弟で、「ちとせ」のシェフである柳政道さんが木蓋をとると、炊き上がったご飯のもうもうと水蒸気が上がり、一斉にフラッシュが光った。

地元松之山の棚田コシヒカリを米ぬか(もみ殻を燃料)で炊き上げる。香ばしい香りがご飯に移り、風味と味わいを増す。釜の蓋を開くと、中からもうもうと湯気が!

石田シェフがさっそくそのアツアツのご飯を握っていく。「塩にぎり」と地元の山菜とヤマメの身をほぐして混ぜご飯にしたものを握った「山菜と山女魚にぎり」の種類が、トレイに並べられていく。お客さんたちの手が伸び、その場で皆がアツアツのおにぎりを頬張った。「あーおいしい!」と周囲から思わず声が上がる。

炊き立てのご飯を即握るので、山田シェフの手がみるみる赤くなっていく。ボウルの冷水にその都度手を浸して熱をとり、すぐさまおにぎりを握る。石田シェフの大奮闘によってあっというまにおにぎりは完食された。

あつあつのご飯を握る石田シェフ。火照る手をボウルの水で冷やしながら手際よく握っていく。

おにぎりはシンプルな塩おにぎりと山菜と山女魚の混ぜご飯のおにぎりの2種。

最後はデザート。今年の松之山ダイニングのデザートは「干し柿のパネトーネ・越後バナーナのアイスクリーム」。「パネトーネ」とはイタリアの伝統菓子でドライフルーツなどが入ったパン。志賀シェフが地元の干し柿を使ったパネトーネを焼いた。さらに石田シェフがそれに合わせる形でのアイスクリームを担当した。「聞けばここから近い海のほうの柏崎市で、産業廃棄物焼却施設で発生する排熱を利用して1年中栽培されているバナナがあるとか。皮まで食べられるほどらしく、実際に食べたらおいしいので、ぜひそれを使おうと考えました」

ただしバナナだけのアイスクリームでは切れがなく重たい味わいになる。もうひと味アクセントが欲しい。「そこで皮をソテーしてバターを加え、カラメル状に煮詰めたものをミックスしてアクセントにしました」と石田シェフは説明する。

パネトーネに炭火を通す志賀シェフ。

地元の干し柿のパネトーネと、柏崎で栽培されている「越後バナーナ」を使ったアイスクリームが、締めのデザート。

次々に運ばれる手を尽くした料理と、フランス・シャンパーニュ「TELMONT」のペアリングにより松之山ダイニングに参加したお客さんも大いに満足の様子。松之山のブナ林の自然の中で、この土地の恵みを食する喜びを味わった。

ノンアルコールペアリングも地元を意識し充実したものとなった。この夜、用意されたノンアルコールは以下のラインナップである。
・ラズベリー村上茶スパークリング
・ホーリーバジルコンブチャ
・⽟露かりがね
・ルイボスサフラン
・⾦萱夏⾄梅
・ベリースパイスふきみそ

料理を通して地元松之山を盛り上げていきたい

高澤シェフは各テーブルを周り、今日のダイニングへの参加のお礼と感謝の言葉を語りかける。世界のTAKAZAWAと一緒に写真を撮り盛り上がる様子も。
「今回で6回目となる松之山ダイニングin美人林ですが、やはり継続が大事なんだと実感しています。認知度がどんどん上がってきているようで、リピーターも増えています。今回はあっという間に予約で一杯になったと聞いています」と高澤さん。ただし、ちょっと気になることも。「私自身、両親が松之山出身ですから、ここが故郷だと思っています。ですが日本三大薬湯と言われ豊かな温泉の湧きだす松之山温泉でも、廃業する店や旅館が出てきている。このダイニングを続けながら、もっと地元を盛り上げることに役立ちたいと考えています」と、さらなる目標を掲げる。

第1回からずっと参加している志賀シェフは、「もう何回もやらせてもらっているので、メインの高澤シェフがどんなものを目指しているのか、ほぼわかるようになっています。事前にどんなパンが欲しいといわれるか? ある程度の予想の上で、すぐに対応できる準備をしています」と話す。

志賀シェフ自身が松之山の出身だ。「この美人林は私が子どものころかくれんぼして遊んでいた場所。そんな場所にこんなたくさんのシェフが集い、全国各地からお客さんが集まってくれる。ちょっと想像できないほどで、本当にうれしい限りです」と話した。

自分の子どものころ遊んだ美人林にこうして人が集まるのが感慨深いと話す志賀シェフ。

料理とお酒を堪能し、この地、この場所でしか流れない時間を楽しんだ参加者たち。

高澤シェフは、「このダイニングを通じて、多くのシェフやお客様に松之山の良さとそのポテンシャルの高さを知って欲しい。私も地元のためにさらに頑張っていきたい」と決意を語った。

すっかり暮れた七夕の夜の美人林。今年も一夜の夢のようなダイニングが、料理とお酒の豊かな余韻を残しつつ終了した。

自然と食を通じて松之山の地に触れる。それぞれの楽しみを重ねつつ、美人林の夜も更けていく。