12月13日、松之山の新しい歴史が始まった。
松之山温泉の源泉を利用して発電できないか? 地元の願いがついに実現した。2020年12月、松之山温泉松之山3号泉を利用したバイナリー発電施設「コミュニティ発電 ザ・松之山温泉」が稼働を開始、その開所式が、12月13日、旅館「ひなの宿ちとせ」にて行われた。
本来なら湯本にある鷹の湯3号泉隣の、新しくできた発電所前でテープカットを行う予定だったが、当日は激しい雪となり、室内での催しに変更された。
十日町市は2025年度までに消費電力の30%を再生エネルギーで賄う目標を掲げている。関口芳史市長は、「今回の発電は目標に向けての大きなきっかけ。今後に大いに期待している」と祝辞を述べた。
当初からバイナリー発電に積極的に関わってきた松之山温泉合同会社まんま代表の柳 一成氏は、「ようやく、ここまで来たかという感じです。松之山温泉をエネルギーとして利用することで、新しい温泉の価値と魅力を見出し、松之山の可能性を広げたい」と挨拶した。
また、同合同会社と二人三脚で取り組んできた㈱地熱開発(東京都港区)の代表取締役の大野友史氏は、「サスティナブル(持続可能)なエネルギーによって、地域をサスティナブルな場所にしたいという思いを松之山の人たちと共有できたことが大きい。今後も地域の独自の発展にエネルギーを通じて取り組みたい」と抱負を語った。
2021年は松之山温泉にとっても、また十日町市にとっても再生エネルギー活用の新たなスタートとなる年になるだろう。
10年越しの努力がついに結実
日本三大薬湯の一つとして全国的に認知されている松之山温泉は、八百年の歴史を誇る。
約1200万年前の地殻変動により、岩盤深く閉じ込められた海水が高圧で温められて噴き出す「ジオプレッシャー型温泉」として知られるが、100度近い温度で噴き出す温泉は全国でも珍しい。
大野氏は何よりもまず、その松之山温泉の高いポテンシャルに魅かれたという。
「圧力の高い地下では、100℃以上の高温となっています。しかも3号泉は毎分600リットルというように、豊富な湯量を誇る。これだけの温泉は全国でもそう見られません。ぜひ発電に結び付けたいと考えました」
㈱地熱開発と松之山温泉合同会社まんまの2社を中心に、どのような形での発電が可能か、模索が始まったのが2017年のこと。
じつは豊富な温泉熱を利用した発電の取り組みはさらにさかのぼる。2010(平成22)年、松之山温泉は環境省によるバイナリー発電の実証実験の対象地となった。6年間の実験を経て2016年にいったん試みは終了した。
この環境省の実証実験をきっかけにして、温泉熱で河川水を温め松之山温泉街を走るメインストリートに融雪水を散布する消雪パイプ設備が整った。
温泉街の中ほど、和泉屋旅館の隣に細長い木の板で囲われた独特の建物がある。2015(平成27)年5月に開設された消雪機械の格納庫だ。建物の造りはこの地域の雪囲いをイメージし、板は越後杉が使われている。
この中に、余剰源泉と河川水を熱交換する施設が設置されていて、そこで温められた水が道路下の消雪パイプにポンプで送られる。この消雪パイプによって温泉街は冬の間、3メートルも積もると言われる除雪の労苦から解放された。
同時にその温水は温泉街の奥にある古民家を改造して作られたコミュニティ施設「地炉」の床暖房にも使われている。
環境省の実証実験は、温泉がエネルギー源として様々に活用できると同時に、それが地域の活性化やブランド化につながることを多くの関係者に知らしめた。実証実験自体は直接事業には結び付かなかったが、今回の発電所開設の地ならしとして、大いに意義があったと言えるだろう。
豊富な蒸気と湯の熱を使って、年間124万kwの電力を作り出す!
「具体的な事業化に向けて、技術の改良と改善が不可欠でした」と大野氏は語る。
環境省の実証実験では温泉熱とアンモニアを熱交換し、アンモニアの蒸気によってタービンを回して発電した。今回はより扱いやすい代替フロンを使うことで、事業化への道を拓いた。
さらに鷹の湯3号泉付近では、安定した量の水確保が難しいため、気化した代替フロンを冷やすための方法として水冷式ではなく空冷式を採用した。発電所の傍らにはそのための大きなラジエーター施設が作られた。
「これらの技術によって、同源泉から出る毎時1.7トンの蒸気と、毎時30トンの湯の熱を使って、毎時210kw、年間124万kwの電力を作り出すことに成功しました」(大野氏)
ちなみに124万kwは一般家庭約300世帯の1年間の電力量に相当するという。
地域と事業体の二人三脚が実現
今回の事業が実現できた背景には、先ほどの技術的な改良のほかに、地域と事業者との間に、信頼関係を築けたことが大きいと柳氏は言う。
㈱地熱開発は、風力や太陽光、バイオガス、地熱などクリーンエネルギーの実用化を行うGPSSグループの一つ。GPSS代表の目﨑雅昭氏はかつて外資系投資銀行のメリルリンチ証券に入社。しかし拝金主義の横行する金融の世界に嫌気がさして退社、その後世界を10年間、約100か国放浪。見つけた答えが「個人が幸せになれる社会を作る」ということだった。
ちょうどそんな折に2011年の東日本大震災が起き、福島第一原発の事故を目の当たりにする。大電力会社を頂点にしたエネルギーのヒエラルキーに依存しなければならない体制、そして自然環境を著しく損なう発電のあり方に疑問を持った。
「地球に負担を掛けないエネルギーを作る仕事をしたい」。2012年、「Grid Parity for Sustainable Society」の理念とともに、GPSSの前身となる、日本メガソーラー整備事業株式会社が誕生し、2017年に現在の社名となった。
Grid Parity(グリッド・パリティ)とは、再生可能エネルギーによる発電コストが既存の電力コストよりも同等か、あるいはそれ以下になる点を指す。
Sustainable Society(サスティナブル・ソサエティ)とは、持続的な社会であり、自然環境に適応した社会である。
GPSSという名には、環境にやさしい自然エネルギーによる持続的な社会こそ、人間が本当の意味で主役となり、幸せになれる社会だというメッセージが込められている。㈱地熱開発はそんな流れの中で、2015年にグループ会社の一つとして、地熱発電に関わる会社として設立された。
「魂」を燃やすモットーが地元を動かした!
短期的な利益を狙うのではなく、クライアントとの関係性を大事にし、長期的で持続的なビジネスを行う。そんなGPSSグループの姿勢と志が、長い目線で将来を見据える松之山温泉の人たちと共鳴した。柳氏は言う。
「GPSSさんから最初に話が来た時、正直本当にできるのかどうか不安もありました。時には激しい口調で質問したり、強い意見をを言ったこともあるかも知れません。それらに対して真摯に向き合ってくれる姿に、次第に信頼関係が生まれました。GPSSさんのモットーである、『地球を燃やさない。魂、燃やせ。』という言葉が、まさに私たち地元の思いと重なりました」
㈱地熱開発の吉本将平部長も、「最初はどこの誰がやって来たのかと思ったかもしれません。ですが、地域をサスティナブルにしたいという私たちの根本的な思いが、松之山の人たちに伝わったのだと思います」と話す。
GPSS側のモットー通り、サスティナブルなエネルギーと社会を実現するための「魂を燃やし」ながら、東京から山間の松之山に何度も足を運び、地元の人とコミュニケーションをはかり、コンセンサスを固めていった。
「雪道で資材が運べない時も協力していただき、労苦を分かち合いました。宿泊するたびに温泉はもちろん、地元の山菜や料理など、囲炉裏を囲んで振舞っていただいた。そんなつながりが、私たちにこの松之山で仕事をさせてもらえる喜びと誇りを与えてくれました」(吉本部長)
ある若手社員は、「この3年間、何度も松之山を訪れました。たんにビジネスの範囲を超えて、松之山の人と自然に惚れ込みました。この地域の人たちと一緒に、新しい未来を作り上げていきたい」と目を輝かせる。
年間4000万円の売り上げを生み出す仕組み
2019年、本格的な稼働を前に松之山温泉合同会社まんまと㈱地熱開発の両社によって、松之山温泉合同会社「地EARTH(ジアス)」が誕生した。発電と供給の持続的な事業活動を、両社がこの合同会社によって二人三脚で行っていく体制が整った。
エネルギーを通じて一緒に地域の将来を語り合う。建設的な関係を築けたからこその事業の実現だった。
自然の力を利用したクリーンエネルギーを、地域の人たちと二人三脚で開発し、互いに持続的な利益を生み出す──。
GPSSと㈱地熱開発が提唱するモデルは、地域コミュニティと同社が協力し、互いに出資をして「共同事業特別目的会社」を設立するものだ。今回は「地EATH」がそれにあたる。
そこにプラント建設、メンテナンス会社などが加わり、施設の建設と管理を行うと同時に、資産管理会社を別に設け、公正に資産管理を行う。そして生まれた電力を電力会社や小売業者に売電し利益を得る。
すでに㈱地熱開発では、宮城県(2018年運転開始、65kw/h)と、大分県(2019年運転開始、840kw/h)の二か所を稼働させている。それぞれ地域と連携し、発電だけでなく植樹や水田維持イベントなどの地域活動を行っている。
今回の発電と売電により、「地EATH」は年間4000万円の売上を見込んでいる。「固定価格買取(FIT)制度で15年間は電気を高く買い取ってもらえます。その間に建設費など投資したお金を回収できると考えています」(柳氏)
地域とエネルギーと観光の新しい関係と可能性
地域での発電は、災害時での電力の確保という意味でも大きいと柳氏。2004年の中越地震の記憶はいまだに鮮明だ。
「停電になってテレビもパソコンも使えない状況になると、まず情報が入ってきません。当時、宿泊していたお客さんは不安に取りつかれていました。地元に電気があればこれほど心強いことはありません」(柳氏)
さらに明るい照明の中で松之山の温泉に浸かれば、心身ともに癒される。バイナリー発電の稼働によって、暖かさと明るさ、そして情報収集という、緊急時に命に直結するエネルギーを得ることができるわけだ。
これまで、電力は大手電力会社による火力、水力、原子力といった巨大な施設と資本、利権によって、独占的に賄われてきた。
私たちはそのシステムの中で安定的に電力を使うことができていた反面、環境にも、そして私たち自身にも大きな負担とリスクがかかっていたことを、東日本大震災の原発事故が気づかせてくれた。そして強固な利権とヒエラルキーの前では、正しい情報さえ曲げられてしまう現実も突き付けられた。
松之山温泉のバイナリー発電は、これまでの電力構造の前では、規模的には比べものにならないほど小さく、ささやかである。しかし、その意味するところはとても大きい。
1つは、日本でも有数のジオプレッシャー型温泉である松之山温泉という地元の資源を用いた、自然エネルギーによる発電であること。環境というキーワードがますます重視される時代、クリーンなエネルギーに対する需要は大いに高まっている。
2つ目は、地元の温泉組合という地域コミュニティと地元共同出資会社が事業に関わっているということ。電力会社のような大手資本が地方や地域の資源を一方的に使用し、その益のほとんどを吸い上げる形ではない。地域が参画する共同会社ということで、利益を主体的に管理し、地域に還元できる構造的な仕組みになっている。
3つ目は、発電した電気を顔の見える電気として、全国的に販売できること。電力小売業者を経由して、松之山温泉で発電した電気を選択して購入してもらう。電気を通じて地域を認識してもらうことができる。それは地方と都市の新しい関係を作り出すことにつながるだろう。
ウィズコロナ、アフターコロナの時代を先取りした分散型モデル
上記の3つを通じて言えることは、これまでの中央集約的なエネルギーのシステム、ヒエラルキーからの解放・独立ということだろう。それによって地方や地域、そこで暮らす人々の真の自立と自尊が生まれる。
集約、集中から分散、分立へ。それは新しい地方と地域のストーリーの始まりでもある。奇しくも、新型コロナの蔓延によって三密が忌避され、互いに距離を取ること、疎であることが求められるようになった。
ネット社会という背景もあり、今後はさらにテレワークや企業の地方分散が進むだろう。これまで大都市圏で働くことを目指していた若い人も、地元や地方で働く選択をする人が増えるはずだ。
その流れの中で、エネルギーもまた中央からではなく地方や地域で確保する。地域の自立がそれによって、さらに加速していくに違いない。
そう考えると、一見ささやかに見える210kw/hの松之山3号泉の発電の意義と価値は、はるかにそれ以上のものがあるとわかるだろう。それはウィズコロナ、アフターコロナを先取りした分散型モデルであり、地方&地域からのエネルギー革命の黎明なのだ。
松之山にしかない大地のエネルギーを電気に変える。それによって松之山の価値を高め、可能性を広げる──。柳氏は言う。
「地域と観光の新しい形がそこにあると思います。発電した電気で電気自動車を街に走らせてもいい。ゆくゆくは先進的な取り組みをしている温泉街として世界的に有名になる。そんな夢や可能性を、こんな時代だからこそ描いてもいいじゃないですか」