松之山温泉は現在1号泉、2号泉、3号泉があり、1200万年前の化石海水温泉が楽しめる。

地元の人たちからも愛される自慢の温泉

松之山温泉街の中ほどに共同浴場「鷹の湯」がある。温泉街を流れる湯本川のほとりにあり、露天風呂からはちょっとした渓谷の風情が望める。春から夏は草木の繁る深い緑、秋は紅葉の、冬は深い雪景色の幽玄の世界が広がる。
「松之山は別に自慢するもんはねえけど、温泉だけは自慢できるねぇ」
「鷹の湯」の露天風呂に浸かっていると。見知らぬおじいちゃんが、湯煙の向こうで独り言のようにつぶやいた。聞けば車で10分ほどのところに住んでいるという。
「本当に自慢できる温泉だと思いますよ」と言うと、嬉しそうに、「70歳以上の年寄りは入浴料が半額になるから、しょっちゅう来てんだ」と笑った。
「それは、うらやましい限りですね」
お世辞でもなんでもなく、本心からの言葉だ。

温泉の成分条件の19項目中、8項目をクリア!

松之山温泉は有馬温泉、草津温泉とともに日本三大薬湯と称されている。1200万年前の海水が地層に閉じ込められ、それが高い圧力で高温で噴き出す、「ジオプレッシャー型の化石海水温泉」だ。
石油のような独特の香りと、膨大な時間を閉じ込めたかのような濃厚な松之山の温泉は、あきらかに他の温泉とは一味違う。
松之山の温泉の成り立ちに関しては、すでに当サイトの『松之山温泉の成り立ちと歴史』の中で詳しく触れている。今回は松之山温泉の温泉成分とその効能について詳しく見てみよう。
まず、成分分析からみた松之山温泉の特徴はどんなものだろうか? そもそも温泉は「温泉法」という法律でしっかりとその定義がなされている。
それによると以下の二つの条件のうち、いずれか一つでも該当すれば「温泉」と称することができる。

(1)温泉源で採取されるときの温度が25℃以上である。
(2)定められた物質の含有量が基準値を超えるものが1つ以上ある。

(1)に関しては、松之山温泉街の源泉である鷹の湯1号、2号、3号泉は混合で88.7℃(気温17℃)もあるので楽々クリアしている。(以下、平成30年9月13日、新潟県環境分析センター調べ)
(2)に関しては、条件となる項目は全部で19項目あるが、そのうち8項目で基準値をクリアしている。(表1)

項目 基準値(1kg中) 松之山温泉(1kg中)
溶存物質 1000mg 16256.0mg 鉱泉に該当
遊離炭酸 250mg 1.7mg
リチウムイオン 1mg 1.8mg 鉱泉に該当
ストロンチウムイオン 10mg 27.9mg 鉱泉に該当
バリウムイオン 5mg 1.4mg
フエロ 10mg 0.0mg
第一マンガンイオン 10mg 0.0mg
水素イオン 1mg
臭素イオン 5mg 35.0mg 鉱泉に該当
ヨウ素イオン 1mg 5.8mg 鉱泉に該当
フッ素イオン 2mg 2.8mg 鉱泉に該当
ヒドロヒ酸イオン 1.3mg 未測定
メタ亜ヒ酸 1mg
総硫黄 1mg 未測定
メタホウ酸 5mg 287.4mg 鉱泉に該当
メタケイ酸 50mg 169.5mg 鉱泉に該当
重炭酸ソーダ 340mg 64.1mg
ラドン 20×10-10Ci=74Bq 未測定
ラジウム塩 1×10-8 mg 未測定

(表1)

メタホウ酸の数字は基準の50倍、溶け込んでいる物質が多い

「まず特徴の一つとして挙げられるのがメタホウ酸の数字です。基準値の5㎎をはるかに上回る287.4㎎も含まれています」と話すのは、和泉屋の主人小野塚賢氏だ。
メタホウ酸は切り傷など肌のダメージを回復させる働きがある。また、メタケイ酸も基準50㎎に対して169.5㎎ある。メタケイ酸は天然の保湿成分として知られている。これらの成分が化石海水の塩分と相まって、松之山温泉は肌の若返り、美肌効果が期待できるとされる。
もう一つ、大きな特徴として挙げられるのが溶存物質の数字だ。溶存物質とは、温泉中のガス成分を除いたあとの、陽イオンと陰イオンの総量を指す。
ようは温泉の中に溶け込んでいる成分の総量ということ。松之山温泉はこれが基準値1000㎎の16倍、16256㎎も含まれているのだ。
これを一般家庭のお風呂で考えてみよう。通常の家庭のお風呂にお湯を溜めると200ℓとして、1ℓが1㎏なので200kg。松之山温泉の場合は1kgあたり約16gの物質が溶け込んでいるので、16g×200=3600g。
なんと3.6kgもの物質がお風呂に溶け込んでいるのと同じということ。入浴剤を私たちは使うが、3.6kgも一度に入れることはない。そう考えると、いかに松之山温泉に溶け込んでいる物質が膨大な量かわかる。

濃厚で浸透圧が高く、体に有効成分が入り込みやすい

溶存物質が多いとどうなるか? とくに温泉の濃度が人の細胞液の濃度よりも高い場合。
濃度の高いものと低いものが薄い膜を境にして接すると、水分は濃度の低い方から高い方に移動して同じ濃度になろうとする。これを専門用語で「浸透圧」と呼ぶ。同時に濃度の高い方からは水以外の成分が低い方に移動して同じ濃度になろうとする。
温泉の場合、人の体の濃度よりも低いものを「低張性温泉」(溶存物質8000㎎未満)、同じものを「等張性温泉」(溶存物質8000以上10000㎎未満)、高いものを「高張性温泉」(10000㎎以上)と区別している。
「松之山温泉は溶存物質が16256㎎なので、高張性温泉に分類されます。ですから成分が皮膚を通じて体内に入りやすい温泉だということができるでしょう」(小野塚氏)
実際に松之山温泉に入ってみれば、誰もがこのことを実感するだろう。トロリとした濃厚なお湯の肌触り。温泉の熱が体の芯に伝わってくる。体の疲れがお湯の中に溶けだして、逆に温泉の滋養が体内に入り込んでくるような感覚──。
温泉から上がった後も、しばらくは汗が止まらない。塩分が肌をコーティングするため湯冷めしにくく、ずっと体がポカポカする。布団に入れば、その晩はぐっすりと眠ることができる。

松之山温泉の泉質を改めて定義すると…

日本三大薬湯の名にふさわしい松之山温泉の泉質を、ここで改めて整理してみよう。
まず、含有成分からの分類だが、その分類は表2の通りだ。

温泉の分類

単純温泉 基準値を超える成分はひとつもないが、温度が25℃以上ある温泉。
塩化物泉 溶存物質が1000mg/kg以上あり、陰イオンの主成分が塩素イオン
炭酸水素塩泉 溶存物質が1000mg/kg以上あり、陰イオンの主成分が炭酸水素イオン
硫酸塩泉 溶存物質が1000mg/kg以上あり、陰イオンの主成分が硫酸イオン
二酸化炭素泉 遊離炭酸を1000mg/kg以上含むもの
含鉄泉 総鉄イオンを20mg/kg以上含むもの
含アルミニウム泉 アルミニウムイオン100mg/kg以上含み、陰イオンとして硫酸イオンが主成分
硫黄泉 総硫黄を2mg/kg以上含むもの
酸性泉 水素イオンを1mg/kg以上含むもの
放射能泉 ラドンを30(百億分の1キュリー単位)/kg以上含むもの

(表2)

松之山温泉は化石海水だけあり、陽イオンはナトリウムとカルシウムが多く、陰イオンは塩化物イオンが主成分なので『ナトリウム・カルシウム―塩化物泉』である。
また、先ほどの浸透圧で区別した場合は高張性温泉となる。また、水素イオン濃度、すなわちpHは7.8で弱アルカリ性。そして源泉温度は88.7℃なので『高張性弱アルカリ性高温泉』という分類になる。

薬効高い松之山温泉の効能とは?

「3年前に松之山温泉に始めて来て、すっかりこの温泉の魅力に取りつかれてしまいました。毎年何回か、車を飛ばしてきています」
と話すのは長野県松本市から来ているご夫婦だ。冷え性に悩む奥さんは松之山温泉に入ることで体が温まり、楽になるという。
東京から来た女性3人組は、「最初に入ったときに、お湯が濃厚で思わず『ワァーッ』って声を上げてしまいました。お湯がトロッとしている感じで肌にまとわり、入浴後はスベスベになりました。ぜひまた来たい」と話す。
最近は若い人のリピーターも多い松之山温泉だが、ここで同温泉の効能を確かめておこう。まずその前に、温泉一般の、体に対する影響を押さえておきたい。
まず「温泉の三養」について。温泉は日常の疲労を回復する「休養」、健康維持や病気を予防する「保養」、病気を治療する「療養」の三養を目的として利用されている。
そして体に対する効果として大きく「物理的因子」と「化学的因子」の二つがある。
「物理的因子」には、温泉の熱による効果(温熱効果)と浮力による効果、静水圧による効果の3つがある。
温熱効果は温泉の熱によって体が温まり、血行が良くなって自律神経が整う。また発汗作用により体の老廃物が除去される「デトックス効果」がある。
浮力効果は浮力によって体重が10分の1程度になるため、体にかかる負担が減る。静水圧効果は水圧によって体が絞られ、血液が心臓に流れやすくなり、心肺機能が活発になる。
「化学的因子」とは、先ほどの温泉の成分表のような温泉の含有成分が、体に及ぼす影響だ。物理的因子は家の風呂でもその効果が期待できるが、「化学的因子」こそは温泉特有の効能だということができる。温泉に含まれる成分が皮膚から体内に吸収されることで、さまざまな薬理効果が期待できる。
これらの効能(適応症)は環境省によって明らかにされている。
まず、すべての温泉に共通した「一般適応症」として、「「神経痛」「関節痛」「筋肉痛」「五十肩」「慢性消化器病」「冷え性」「疲労回復」「健康増進」などがある。
そして泉質による「泉質別適応症」が定められている。(表3)

泉質別適応症(『○』は浴用、『飲』は飲用による適応症)

適応症 単純温泉 塩化物泉 炭酸水素塩泉 硫酸塩泉 二酸化炭素泉 含鉄泉 硫黄泉 酸性泉 放射能泉
切り傷
やけど
慢性皮膚炎
虚弱児童
慢性婦人病 △(飲)
慢性便秘 △飲 △飲 △飲 △飲 △(飲) △(飲)
糖尿病 △飲 △飲 ○飲 △(飲)
痛風 △飲 △飲 △飲 ○飲
肝臓病 △飲 △(飲) △(飲)
動脈硬化症 ○(飲)
慢性胆嚢炎 △飲 ○飲
胆石症 △飲 ○飲
肥満症 △飲 △(飲)
高血圧症 △(飲)
月経障害 △(飲)
貧血 △(飲) △飲 △(飲)

(表3)

○:浴用の効能が高い △:浴用の効能あり 飲:飲泉の効能が高い (飲):飲泉の効能あり
※「飲泉」の効能が認められているものでも、保健所により飲用が禁止されている場所もあるので注意
温泉ソムリエ協会公式サイトより

松之山温泉は塩化物泉に分類されるので、適応症として「きりきず」「やけど」「慢性皮膚病」「慢性婦人病」に効く。
かつて、一匹の鷹がこの温泉で傷を癒したのが松之山温泉発見のきっかけであった。また、松之山温泉に惚れこんだ越後守護職の上杉房能が、腫れものに悩む娘をこの温泉で療養させ、快癒させたという逸話も残る。
昔から松之山温泉はケガや皮膚病に効くことが知られていたわけだ。

全国に認知され始めている松之山温泉とその楽しみ方

江戸時代から全国の温泉番付に載る温泉であり、日本三大薬湯の一つである松之山温泉は、全国の温泉愛好家の間でも次第に認知度が上がっている。
日本だけでなく世界31か国の温泉を巡る、温泉エッセイストでノンフィクションライターの山崎まゆみさんは、成分表には表れない松之山温泉の魅力を語る。
「温泉のお湯には硫黄の匂いや鉄分の匂いなどがありますが、松之山温泉は独特です。心を温め癒してくれる、カモミールのような干し草のような深い安心感を与えてくれる香り。湯気に包まれている肌を触ってみると、スチーム効果と温泉成分が効いて肌がモチモチになる。数ある温泉に入ってきましたが、松之山温泉はとくべつに好きな温泉の一つです」

前出の小野塚氏は「成分濃度が濃いので、あまり長時間入浴すると湯あたりする可能性もある。いきなり長湯をせず、少しづつ身体を慣らして入ることを勧めます」と話す。

<山崎まゆみ>
温泉エッセイスト・ノンフィクションライター。世界31カ国の温泉を巡り、日本と世界の温泉文化の違いをテレビ、ラジオ、新聞、雑誌などの各メディアで伝える。また日本の温泉文化を海外に発信している。 著書に『だから混浴はやめられない』『おひとり温泉の愉しみ』『お風呂と脳のいい話』『白菊-shiragiku-: 伝説の花火師・嘉瀬誠次が捧げた鎮魂の花』など多数。VISIT JAPAN大使、にいがた観光特使、越後長岡応援団なども務める。

春夏秋冬、それぞれに趣の深い松之山温泉だが、とくに冬が最高と話すのは、埼玉県在住の宮部健輔さん(仮名・44歳)だ。
「冬は雪が深いので敬遠しがちですが、意外に除雪はしっかりしていて交通に不便はありませんでした。それよりも雪景色の松之山で温泉に浸かるのは、最高でしたね」と話す。
年間の最高積雪の平均が3mを超えると言われる豪雪地帯。ふだんは体験することのできない光景とその風情を、温泉に浸かりながら体感できるのも松之山温泉ならでは。
さらに、100℃近い高温で自噴する温泉は全国でも珍しい。松之山温泉に入ると、そんな大地のあふれるエネルギーを感じることができるだろう。
温泉に入るだけでなく、そんな温泉の熱を利用した「湯治豚」も名物の一つ。また地のものをふんだんに取り入れた「棚田鍋」など、いま松之山温泉では食に対する取り組みも進んでいる。温泉だけでなく料理、そして新潟の地酒を楽しむことで心身ともに癒され、元気を取り戻すことができるのも松之山温泉の特徴だろう。

90℃近い温度で自噴する温泉は全国でもそう多くはない。熱い湯温と独特の香りが疲れを癒し、健康を増進する。

薬師堂のお参りと温泉がセットになって健康増進を願う

温泉街の奥、急峻な坂と階段を上がったところに薬師堂がある。ここは毎年1月15日に、前年に結婚した初婿を境内から投げ下ろす「婿投げ」の行事でも有名だ。
「江戸時代から、松之山温泉に来た人はこの薬師堂にお参りして、健康を祈りました。実際、この急な坂や階段を上がるのもよい運動になるでしょう。温泉と運動と祈願、そして、その土地の食文化に触れる事がセットになって健康になる。松之山温泉に来られた人は、ぜひ薬師堂にお参りしていかれたら効能はさらにアップすると思います」
と話すのは、「ひなの宿ちとせ」の柳一成氏だ。
薬効あらたかな松之山温泉は、自然と土地の恵み、それにプラスして人々の思いと信仰心が重なり合って成り立っている。
土地とその歴史に触れ、思いを馳せることで、温泉のエネルギーだけでなく松之山という土地が持つ独特の磁場を、体の中に取り込むことができるはずだ。

温泉街の奥の急斜面の上に建てられている薬師堂。小正月には深い積雪を利用して、この斜面に前年結婚した婿を投げる「婿投げ」が行われる。昔から松之山温泉を訪れた人たちは、温泉に浸かった後に薬師堂にお参りして健康長寿を祈ったという。