温泉地といえば芸妓。そんな時代もありました。今では想像がつきませんが、松之山温泉にも30人ほどの芸妓さんがいた時期もあるそうです。
「そんな時代にもいつか終わりが来る」と、新たな方向へ舵を切った人物が、ひなの宿ちとせ会長・柳靖治さんでした。靖治さんが注目したのは、自然の豊かさや豪雪といったありのままの松之山の姿。
いまの松之山温泉につながる、ひたむきな歩み。その一端をご紹介します。
柳靖治さん
きっかけは海外から来た１人の写真家だった
「松之山の自然の豊かさを再発見してくれたのは、ジョニー・ハイマスさんでした」
ジョニー・ハイマス氏はイギリス出身の写真家。ハイマス氏が出版した写真集“たんぼ”や“おこめ”は、松之山の棚田が舞台になっていました。その写真集を見た靖治さんは、当時の町長に直接働きかけます。
「ここは自然が豊かなところだから、そういうところで手をあげよう、と」
靖治さんの働きかけにより、松之山は平成7年、全国棚田サミットの第一回目にあたる“たんぼシンポジウム”を開催します。これが、自然の豊かさを全国に向けて発信した第一歩でした。
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景観の美しさを全国に浸透させた、松之山写真コンテスト
“たんぼシンポジウム”を開催した数年後。県外のアマチュア写真家による“ある提案”が、町の観光協会長をしていた靖治さんのところへ持ち込まれます。その提案とは、「松之山の写真コンテストを全国規模で開く」というものでした。はじめはその計画の大きさに驚いた靖治さんですが、その方の熱意もあり、直接町長に掛け合うことに。
「町長は、『柳さんが本当にやる気があるんなら、いいじゃないか。お金は町が出すから、やってみようじゃないか』と。それで、写真コンテストがスタートしたんです」
審査員長はプロの自然写真家に依頼し、賞金は特賞で50万円。優秀作品は東京や京都など全国約七カ所に最長で一週間ほど展示するなど、コンテストの経費は全体で数千万円ほどもかかりました。ギャラリーの当番は町の職員だけでは手が足りず、温泉旅館の人たちがボランティアで請け負ったとか。「三年続けました。大変難儀したんですよ」と靖治さん。しかしそのおかげか、松之山に新たな客層が定着していきます。
「たくさんのアマチュア写真家の方々が、四季を通して松之山の写真を撮りに来てくれるようになりました。県外は東京のみならず、全国からいらっしゃる。コンテストのおかげで、松之山の景観の美しさは随分と浸透したように思います」
そしてその頃には、芸妓さんは一人もいなくなっていたそうです。靖治さんの思い切った舵取りが、見事に功を奏したかたちになりました。
冬場の集客を生み出した、松之山温泉スキー場
昭和36年冬の松之山温泉
昭和の後期になっても、松之山温泉の敵は“雪”でした。道路事情が悪く、「陸の孤島」と化していた。冬のお客さまが増える兆しは一向にありません。当時、町議を勤めていた靖治さんは「なんとかしなくては」と動き出します。
「どんなに不便なところでも『すごいな』と認められれば、お客さんはどこからでも来てくれる。そんな時代が来るんじゃないかという予感があって。それで、スキー場を作ろうと」
数年間にわたり視察と研究を進め、昭和５８年１２月、ついに“松之山温泉スキー場”がオープン。「はじめの10年くらいは、なんとかとんとんだった」と、靖治さん。しかしその後スキーブームが去ったことや、少子高齢化の影響などにより、売上は右肩下がりに。他所のスキー場は次々と廃業に追い込まれていきます。
「存続をかけては、がむしゃらに行動しました。隣接する津南町の助役の方から『うちのスキー場とつなごう』という提案もあったんです。それで春先、その方と一緒に山を歩いて視察してみたのですが、想定以上に長い中だるみがあって…」
残念ながらその案は叶わなかったそうですが、そうした靖治さんの奮闘もあってか、スキー場は現在も稼働中。
「運営は決して楽ではありませんが…スキー場がこの地にオープンした事でトンネルやスノーシェッド（※）が作られ、道路除雪も格段に進み、「陸の孤島」のイメージも払拭されていった。結果、現在では冬の間であっても２万人を超えるお客さまが訪れ、旅館の集客にもつながっています。」今では雪見温泉を目的に来られるお客様が多くなってきています。
「松之山がここまでになるまでには、本当にいろんなことをしたんですよ」。そう語る靖治さん。今日の松之山温泉のあり様の一端は、そんなひたむきさが担っています。
語り手：柳靖治さん
ひなの宿ちとせ現会長。松之山地域温泉委員会委員長。旧松之山町町議や旧松之山町観光協会長などを歴任。
※スノーシェッド･･･雪よけの半トンネル