全国的に注目を集めるようになった松之山の美人林。その美しい姿を求め、今や年間10万人が訪れる。
ブナの幹の太さや高さが整っていることがその美しさの理由だが、そもそも、なぜこのように整っているのだろう。また、ブナの美しい立ち姿から「美人林」と呼ばれるようになったと聞くが、いつ誰が、どういうきっかけでそう呼ぶようになったのだろう。
人気スポット・美人林が生まれた歴史を、松之山のガイドをしている「里山のめぐみ案内人の会」代表・小口成一さんに聞いた。
「美人林」という呼び名の由来
「美人林」という呼び名は、昭和40年頃、松之山に来ていた材木商の言葉に由来する。当時は高度成長で日本中が開発に湧き、国は積極的に杉の植樹を進めていた時代。松之山でも多くのブナ林が杉林へと姿を変えていった。
とある材木商が美人林を見て、ここが杉林だったら将来楽しみなんだけれども、とこぼしたところ、近隣の集落の一人は「でもねえ、あの林は入ってみると、非常に綺麗だし、気持ちのいいところだ、あんたはそう思わないかい?」と返した。すると材木商も「いや、確かに綺麗だ。人間に例えれば、美人の頃かなあ」と応えたという。これが「美人林」という呼び名のはじまりと言われている。
世に出るきっかけ
材木商の言葉から生まれ、まだ集落の間でしか使われていなかった「美人林」という呼び名。その名を聞きつけた当時の商工会長の柳政司さん(ひなの宿ちとせ先々代社長)が、そんな素晴らしいところがあるならこの目で見たい、というので集落の人が案内した。
「美人林を見た柳さんはその美しさに感動して『これは、観光のポスターにならないかなあ』と」。それが美人林が世に出るきっかけになったのでは、と小口さんは言う。
商工会長の計らいで観光誘致の広告に使用されることになり、美人林は松之山を代表する景勝地として、全国へその名を広めるための一歩を踏み出したのだった。
杉林への転換の危機からブナを救った集落の思い
その名が全国に知られはじめた頃、いよいよ美人林にも杉林への転換の危機が迫っていた。
「その頃というのは、松之山でもブナを切ってパルプ材にして、跡地には杉を植樹するのが非常に盛んだったんです。でも美人林は、そういう話を勧められた時、地主の一人、田辺誠二さんが、『そんなことしないでブナのまんまにしておこうじゃないか』と。ブナを大事にしようじゃないか、というお考えがあったんですよね」と小口さん。
目先の経済的な利益に流されず、美しい自然を守るという選択を貫いた松之山の先人たち。そこから感じるのは、彼らの「里山景観を守る」という思いだ。
美しい立ち姿の理由
美人林は、そう呼ばれるよりもずっと前から、地元集落と密接な関わりのあるブナ林だった。写真にもよく登場する林の中の池は、明治の末に田んぼのへの農業用水として利用するために当時の地主が作ったものだ。
川が流れ込んでいるわけではなく、雪解け水とブナが蓄えた水が湧水となってこの池を潤している。当時、かなりの樹齢のブナが一面に生えていただろうと小口さんは言う。
そして大正末期、当時の地主がそのブナ林をすべて伐採して薪や炭に変え、その後関東の方へと引っ越してしまった。土地は地元集落に託されたが、立派なブナ林は見る影もなく、残されたのは裸の山。しかし、そこでちょっとした奇跡が起きた。
「ちょうど運良く伐採する前の年が数年に一度のブナの種の大豊作の年だったんですね。伐採された後の更地にブナが一斉に芽生えた。それが、このような幹の太さや高さが整った美しい立ち姿になった要因」と小口さんは言う。
一斉に芽生えたブナの芽はその後順調に成長し、数十年後、裸山は近隣の地元民だけが知る美しいブナ林へと変貌した。
先人の思いはいまも受け継がれる
美人林と呼ばれるようになって50年余り、いまでは年間10万人が訪れるようになった。しかし、当初からこんな状況を予見していたわけではない、と小口さんは語る。
「やっぱり、当時の人たちの、自然を大事にしようという思いが実って、いまに至ってるんじゃないかと、そんなふうに感じますよね」と小口さん。
いまでこそ自然環境を守るということはよく聞くようになったが、日本中が開発に沸いていた高度成長の時代にそれを実行していた松之山の先人たちの志の高さには感服してしまう。そして地元の美しい自然を守りたいという思いと行動は、今も松之山の人々に受け継がれている。
地表近くに根を張るブナ林の地面は、本来なら落葉が分解された柔らかい土で出来ている。しかし、多くの人が訪れるようになった美人林は、土が踏み固められて、ブナにとっては少々居づらい場所になったのでは、という危惧もある。そのため松之山の人々は美人林を守る活動を続けている。
「田辺誠二さんが作った『美人林を守る会』というものがありまして、いまは誠二さんの倅さんが代表をされていますが、ここの枯れ枝を集めたり、清掃活動をしたり。また、3年程前からは、弱った木を間伐したものを利用して、固くなった地面にチップを撒いているんです。秋の恒例行事でね、50~60人くらいで集まって。少しでもブナが元気を出してくれるように、願いをこめてね」。
語り手:小口成一さん
松之山生まれ、松之山育ち。旧松之山町職員として長年町政に従事し、退職後は「里山のめぐみ案内人の会」の代表として、松之山の自然や文化を語り伝える活動に取り組んでいる。森林インストラクター。座右の名は「自然と共に」。
関連リンク:美人林の絶景 ZEKKEI JAPAN
https://goo.gl/bhDkxA